カテゴリー別アーカイブ: つれづれ

シナ批判で悦に入るな!

「人の振り見て我が振り直せ」は正鵠を射ている ヤフーのメーリングリストで、フジテレビへの抗議要請が来た(末尾添付)。 若狭勝氏というコメンティターがシナの高速鉄道事故(左写真)に触れ、「日本も原発事故で迷惑をかけているのだから、人の振り見て我が振り直せ」と発言したらしい。 このコメントが保守派にとって気に入らないらしく、「中国を擁護」する論理のすり替えであり、非常識だと批判している。 組織、社会はコンピューターの数値ではなく、感情を有する生身の人間で構成されている。この人間が劣化すれば組織、社会が劣化するのは必然の論理、国家といえども劣化から崩壊へ向かうのはこれまた必然の論理である。 福島第一の事故から判明したように、日本人が信仰していた原発の「安全神話」は崩壊したのである。事故を収束させることも出来ないのが現実、これが今の日本人の力量なのである。東電、政府の事故への対応で、何から何まで「神話」だった。 人間の劣化は組織、社会、国家の劣化であり、如何に優れた技術・システムと言えども、これを運用・管理するのは生身の人間。コンピューターの数値ではない。 日本の新幹線が開業以来、死亡事故が無かったのは、優れた技術・システムに加えて、これを運用・管理する優れた人材が存在するからだ。 この優れた人材が劣化、枯渇したなら日本の新幹線とて、この先どんな事故が発生するか誰も分らない。 1994年1月17日 アメリカ・ロサンゼルス市ノースリッジ地方で発生した地震、ロサンゼルス地震ともいわれるが高速道路の橋脚などが崩壊した。 当時、日本でこのロサンゼルス地震に対してどの様な見方をしていたのか。 「我が国では工事、施工技術も完璧で米国のような事態はあり得ない」と豪語していた。ところが翌年、日本では阪神淡路大震災が起きた。いうまでもないが、「工事、施工技術も完璧」と豪語していた日本の高速道路は、完璧なまでに崩壊した。当時においてすら、「安全神話」は疾うに崩壊していたのである。(右写真:阪神淡路大震災で崩壊した阪神高速。奇しくも1995年1月17日) 少しは目の前の現実を冷静に見ようではないか、見るばかりではなく受け入れることが出来なければならない。シナの高速鉄道の事故は他山の石として学ぶべきで、これを「結果的の中国を擁護」など明後日も甚だしい。 人の振り見て我が振り直せ これこそ我が日本民族が誇る精神文化ではないのか。ましてやこの事故では多数の死傷者が出て、シナ政府の隠蔽で犠牲者の数さえも明らかにされないでいる。犠牲者の親族らへ、少しは思いを馳せることは出来ないのか。 原発事故の収拾さえ出来ない体たらくの日本が、他国の事故や失敗を嘲り笑う資格などない。シナ憎しの感情をコントロール出来ず、彼の国の事故に対して悦に入るなどおぞましいかぎりである。 ↓以下が転送されてきた抗議要請文 各位  昨夕(25日)のフジテレビのスーパーニュースで安藤優子キャスターが中国の高速鉄道事故の紹介をすると、コメンテイター役のヤメ検弁護士の若狭勝は「日本も原発事故で迷惑をかけているのだから、人の振り見て我が振り直せ」とコメントしました。  高速鉄道に対しては、47年間死亡事故無しの新幹線と較べるべきです。全く論理のすり替えで、結果的の中国を擁護しています。  非常識なコメントに対し下記へ抗議をお願いします。 I・K  フジテレビ 03-5531-1111    ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!

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最弱の大関・魁皇

大関の地位を汚した魁皇の「大記録」 魁皇を賞賛する日本の偽善 名古屋場所の話題は大関で優勝した日馬富士ではなく、通算1047の勝ち星を挙げて引退した魁皇だった。マスコミのスポーツ報道は、この通算勝利数で魁皇への賞賛一辺倒だった。 ところで、魁皇の1047勝は“前人未踏”の記録として賞賛に値するのかどうか、1047勝の数値を多面的に考察したなら、浮かび上がるのは偽善である。 唯一、『週刊新潮』(第29号)だけが「不屈の大関 魁皇の不名誉な『大記録』」としてこの偽善を指摘しているだけで、他は一切触れもしない。    ← 写真は、2008年1月場所での37代式守伊之助(当時)       行司の世界だけは今のところ日本人で占めている… 大関とは何か。横綱に次ぐ地位であり、横綱に昇進するに値する関取に与えられた特別な地位である。大関とは昇進か引退しか他に選択がない厳しい地位である。 横綱に値する成績を上げなければ、引退することで大関という地位を守らなければならない。しかし魁皇はどうか、今場所が大関在位65場所、13年目になる。なんと13年間にもわたって、大関の地位に値する成績を残せないで在位していたのである。 なぜ在位できるのか、『週刊新潮』も指摘しているが「角番」という特典である。大関に与えられた特別権利、特権があるから在位できていた。 平成17年9月場所、負け越しと休場を挟んで39勝26敗25休。惨憺たる成績だったが、2場所続けて負け越しを免れたため大関を陥落しなかった。 この角番を免れること歴代2位の13回目、不戦敗数は歴代最多の14回を数える。 大関としての通算成績は524勝327敗119休、勝率はかろうじて6割にやっと手が届くレベルだ。テレビ、新聞は決してこの数字に触れない。魁皇の入門以来の生涯勝敗数を並べるだけで、客観的数字が記録する大関の不名誉に触れないでいる。 あたら地位にしがみついたために、自らの経歴に泥を塗ったのであるが誰も指摘しない。指摘するどころか「名誉」に誤魔化した。この誤魔化しを喜んでいる人間の如何に多いことか。何から何までが偽善、“不滅”の1047勝で魁皇は大関の地位を汚したのである。 魁皇の引退で、相撲界は外人力士に横綱、大関の地位を独占されることになった。上下関係の厳しい社会が角界であるのは言うまでもない。とすれば、角界は外国人力士の下で、日本人力士がアゴで使われる状況となったのである。 これは何も外人力士が強いのではない。日本人力士の弱さに原因があるのだが、史上最弱の大関が残した不名誉を「大記録」として自画自賛する偽善にこそ真の原因がある。 まかり通る偽善は日本列島を貫く宿痾であるが相撲界も例外ではない。例外どころか、社会から隔絶された空間ゆえに偽善も生半可ではない。 万事、日本がそうした風潮ゆえに、なでしこジャパンが恵まれない環境、待遇の中で日本国民に与えてくれた感動は言葉で言い尽くせなかった。 自らを 誇ることなく 慎ましき 笑みこそ美し なでしこジャパン   ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!

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発足五周年・主権は「保守」ではない

「主権回復を目指す会」発足五年を回顧する   主権回復を目指す会が今年六月で五年目を迎えた。一つの節目と言うことで、先日、酒井信彦先生(元東大教授)、栗原宏文先生(元愛媛大教授)、古賀俊昭都議ら顧問をお招きし、会立ち上げ時の発起人や活動に関わっている方々と共にささやかな懇親会を開催した。   ← 神保町で行われた5周年懇親会      (左から栗原、酒井両先生) 会の発足をたどれば、20数年前に酒井先生が立ち上げていた「自由チベット協議会」の活動にその原点があった。酒井先生は、当時から「今日のチベットは明日の日本」と言う主旨で活動を一貫してきており、十数人に満たない人員で、デモ行進やシナ大使館への抗議を闘っていた。時流を追っかける一つ覚えの「フリーチベット」とはかなり趣はちがう。何が異なるのか、一貫するのはチベット独立とシナ人の侵略主義糾弾である。 シナに侵略されたチベットの酸鼻極まる惨状を取り上げ、「今日のチベットは明日の日本」だとして、日本人へ警鐘を乱打して来ている。「自由チベット協議会」の活動は、弾圧に怯まず抵抗するチベット人への共感にあるのは言うまでもないが、チベット人が「可哀想」などの単純な人道主義ではない。シナ人の侵略に、日本人は立ち上がれ!、シナと闘うチベット人の精神に学べ!の檄を飛ばし続けてきたのだ。 ▼画像クリック拡大(ほぼ実物大)  当時のチラシ、会場には小林よしのり氏も応援に駆け付け、この模様を『新ゴーマニズム宣言 (9) 』第110章「見て見ぬふりされてるチベットでの民族浄化」(小学館文庫)で取り上げている。 主権回復を目指す会の運動理念は、このシナ人の侵略と闘うことであり、シナ人の侵略から我が領土を保守することに運動の核を明確に据えている。抽象的な「国体」とか「伝統」の保守を叫ぶ「保守派」とは異なる。 そもそも当会発足の動機は、内弁慶を決め込む保守派のきれい事を打ち破り、勉強会で知識を蓄えるサロンから抜け出すことであった。内輪でシナや反日左翼を罵って互いを慰め合い、一時の溜飲を下げて満足するのが、いわゆる保守派の運動であった。寺山修司ではないが、「書をすてて街に出よ!」だった。 シナ人から奪った“戦利品”の五星紅旗を口に銜え一休み(平成20年4月26日 長野市内) ↑ 画像クリック拡大 シナ人へチベット人虐殺の遺体を突き付ける沼山光洋副代表(同じ) 写真はいずれも『シナ侵略主義の目論見を「台無しにした」(環球時報)戦いに誇りと自信を持て!』から  http://www.shukenkaifuku.com/past/KoudouKatudou/2008/080426.html 脆弱なメンタリティー故、保守派は「デモ行進」が出来ない、「日の丸」を掲げて街にでられない、「辻演説」が出来ない、さらに中国を「シナ」とも呼べなかった。(参考:「シナ」は世界の共通語) 当会が当初掲げていた目標の一つに保守陣営における「4ない」の克服があった。 「4ない」とは ① 「デモ行進」が出来ない ② 「日の丸」を掲げられない ③ 「街宣」が出来ない ④ 中国を「シナ」と呼べない  上記4つが「出来ない」だったのである。この4つが出来ないということは、保守派は日本人という意識を明確にした愛国運動が出来ないでいたのである。 理由は「右翼にされてしまう、左翼からの妨害が怖い」などであった。保守派は講演会とか懇親会で、意気盛んに愛国を吹聴するが、何か事が生じれば内にこもる書斎・サロン派に徹していた。 会創設5年目にして振り返り、上記4つは保守派も普通に出来る状況になった。当会は、ネットを通じて広がる愛国保守運動において、上記の4つの目標はほぼ成し遂げたと考える。 しかしながら、激烈な思想・理論運動、活動経験などなど、いわゆる左翼運動と比べれば、我々はようやく呱々の声を上げたばかりの赤子と自覚していい。 社会情勢は刻々と変化する。運動はこの変化する情勢に対応できなければ、社会の変革運動となり得ない。でなければ、“愛国”に酔い痴れるエキセントリックな排外主義やストレス発散の自己満足から脱却できないままだ。 因みに当会が主唱したのは、<「語る」運動から「行動」する運動>であって、決して「行動する保守」運動ではない。 そもそも<「語る」運動から「行動」する運動>の標題は、運動の仲間である三輪和雄氏にそのイメージを拝借している。古賀俊昭、土屋たかゆき、田代ひろしの三都議が訴えられた増田みや子の人権侵害を巡る裁判闘争だった。その控訴審第2回口頭弁論が平成19年10月11日、東京高裁で行われた。  平成19年10月11日   教育正常化裁判(足立16中人権侵害事件)   http://www.shukenkaifuku.com/past/KoudouKatudou/0710142.html   ← 増田みや子の人権侵害を糾弾する古賀俊昭都議 その裁判報告集会で、三輪氏は我々の高裁前での街宣を取り上げ、保守派の行儀良さ、きれい事を批判した。「議論を語ってばかりではなく、これからは行動する運動で行こうではないか」と挨拶された。 主権回復を目指す会は<「語る」運動から「行動」する運動>を提唱してきたのである。当会は決して「行動する保守」ではない。 … 続きを読む

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閑話休題 紫陽花は日本原産

 「あず」 集まる   「さ」 真   「い」 藍(藍色)      以上を省略して、あじさい。     「真の藍色が集まっている花」という意味合い、花言葉は「移り気」、日本原産。    白山神社(文京区)の紫陽花祭り ※ 画像クリックで拡大 参道 天暦年間(947~957)に加賀一宮白山神社を現在地に 明治四十三年五月中旬の一夜、孫文は宮崎滔天と共に境内の此の石に腰掛けながらシナの将来を語ったという 境内には数千株の紫陽花が咲く 雨にこそ輝く藍色 真白き一株 神社の三毛猫、梅雨の合間に外でうたた寝   降り止まぬ雨に打たれし紫陽花の花びらごとに藍のかがやく 咲き競ふ幾千株の紫陽花に人目を恥じらふ真白き一株 最も降雨量に恵まれた日本列島において、最も降雨の集中する時期が梅雨時の今、雨に打たれた草花がこれ以上に光り輝く季節はない。日本原産だけあって、紫陽花は我が日本列島の地理的条件を集約した草花とも言える。 「水の惑星」に生きる宿命 http://nipponism.net/wordpress/?p=581 この地球は「水の惑星」と言われる。その「水の惑星」においても、我々が住む日本列島は周囲を広きに渡って海に囲まれ、且つ奇跡的とも言える地理的条件の下、豊かな降雨量に恵まれた地球上のオアシスと言っても過言ではない   ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!

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在特会必見の映画『にあんちゃん』

日本海に叩き込むべきは日本人の腑抜け根性だ 俳優の長門裕之(ながと・ひろゆき、本名・加藤晃夫=かとう・あきお)さんが 21日午後5時20分、肺炎のため亡くなった。 数ある長門裕之の出演映画で、最も強烈でインパクトを感じた映画は『にあんちゃん』(監督・今村昌平)だ。 他にも多々名作を残した今村監督だが、中でも一本を挙げよと言われれば、この『にあんちゃん』を推すのに躊躇しない。また、日本映画史においても特筆される作品ではないか。 長門はこの中で両親のいない4人兄妹の長男、炭鉱夫役で出演している。 舞台は昭和二十八年ころ、日本のエネルギーが石炭から石油に変わる激動期、佐賀県の鶴ノ鼻炭鉱。朝鮮人鉱夫らと共同生活する長屋だ。日本人と朝鮮人が一つの共同体でごちゃ混ぜに生きるバイタリティーに圧倒される。お互い極貧の中では差別も何もあったものではない。 中でも圧巻だったのは朝鮮人の老婆を演じた北林谷栄。生活の貧しさに耐えかね泣く長門の妹役に「元気だせ、昔のチョーセン人もっと強かったぞ」と励ます場面だが、この映画の白眉たる場面ではないだろうか。それまでの強欲な朝鮮人老婆の姿を一変させ、心情優しく語りかける演技転換は何回観ても胸を打つ場面である。 それ以上に日本人達もだ。 長門ら4人兄妹の逆境に耐え抜くしぶとさ、誰を恨むこともない健気さ・・・、ああ何と、当時の日本人は強かったのだろう。 そして、平成の23年にこの映画を改めて観るにあたり、ああ何と日本人の劣化したことか、いや、日本人という人種が変わったのだ。 日本海に叩き込むべきは、腐りきった平成日本人の腑抜け根性ではないのか。 名作『にあんちゃん』が呼び掛けるエッセンスは、いま巷(ちまた)で盛んに耳にする「 がんばろう ニッポン!」そのものだ。文芸作品の評価を越えて、日本人にがんばれ!と元気を与えてくれる映画だと思う。 因みに音楽は黛 敏郎、要所要所でマンドリンのトレモロがこの映画にしっとりと花を添えている。 「行動する保守」「ネット右翼」などがしきり在日朝鮮人の反日を糾弾する行動はそれで良しとして、こうした名作という文芸作品に触れることで、己が発する言葉に人としての心を、そして責任を持って頂きたいものである。 特に、「在日特権を許さない市民の会」やそれに賛同する方々には、この『にあんちゃん』ぜひご覧になって頂きたい。   推薦映画 『にあんちゃん』(監督・今村昌平)       『にっぽん昆虫記』(同)       『赤い殺意』(同)       『豚と軍艦』(同)       『神々の深き欲望』(同)      『秋津温泉』(監督・吉田喜重 出演・長門裕之)      『キクとイサム』(監督・今井正 出演・北林谷栄) 推薦図書: 金 石範『火山島』   ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!

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