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天皇陛下自らが毀損された日本の国体

天皇陛下自らが毀損された日本の国体 天皇とは国体、国体とは 権力と権威の分離・併存だ 下記は『月刊日本』(2017年8月号 羅針盤 2017年7月22日)に掲載された酒井信彦先生(元東大史料編纂所教授/主権回復を目指す会顧問)の論考である。編集者は「退位特例法は憲法違反だ」とタイトルしているが、酒井先生は自らのホームページで、主張の核心は「天皇陛下は、日本の国体を毀損された」にあると強調しています。 論考を転載するにあたり、主権回復を目指す会もこれに倣(なら)いタイトルを「「天皇陛下は、日本の国体を毀損された」とします。また小見出し、サブタイトルも当会の判断によります。 なお、酒井先生は御皇室の問題について、様々な観点からホームページ『酒井信彦の日本ナショナリズム』などに論考並びに見解を述べています(末尾に記載*)。 「天皇陛下は、日本の国体を毀損された」 (酒井信彦・元東大史料編纂所教授) http://sakainobuhiko.com/2017/07/post-308.html 【玉音ならぬ「玉映放送」】 六月九日、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が、参議院で可決されて成立した。成立後の反応を見ていると、この法律の根本的問題点は一向に指摘されていないようである。成立以前に多少指摘されたことは、これは憲法に違反するのではないかという疑問であった。 この法律が成立する出発点は、昨年七月十三日のNHKテレビニュースであり、次いで八月八日に天皇陛下の「玉音放送」ならぬ、映像による「玉映放送」が行われて、天皇ご自身による「お気持ち」なるものが表明された。「お気持ち」とは、誤魔化した表現であって、それは政府に対する明らかな「要求」であり、はっきり言えば「命令」すなわち「勅命」に他ならない。天皇による政府に対する権力の発動である。 【政府への権力発動】 これはどう考えても、天皇陛下による憲法違反であって、これによって立憲主義は明確に崩壊したのである。安保法制の成立の際には、頻りに立憲主義の危機を叫んでいた人間が、この法律をあっさり認めてしまったことは、彼らの立憲主義なるものが、いかにいい加減なものであるかを良く表している。 この点を回避しようとして、特例法の第一条「趣旨」には、次の文言が盛り込まれている。「国民は、御高齢に至るまでこれらの御活動に精励されている天皇陛下を深く敬愛し、この天皇陛下の御気持ちを理解し、これに共感していること」。つまりこの法律が成立するための最大の根拠は、国民の「共感」なるものである。ではその共感はどうして分かるのかと言えば、それは例の「世論調査」の結果以外にはありえない。つまり最大の根拠は、「国民投票」ですらない、「世論調査」だということになる。憲法より世論調査が、上位にあるわけだ。これは今後の皇室のあり方を、極めて不安定にするだろう。 【権力無き天皇が利用されるマスコミ権力】 では権力なき天皇陛下が、どのようにして権力を発動されたのだろうか。それはマスコミ権力という巨大権力を、徹底的に利用されたからである。マスコミ、メディアは自分では決して言わないが、それ自身が巨大・強大な権力であって、その証拠に総理大臣を含めた大臣・政治家という国家権力者の首を、数えきれないほど飛ばしてきた。つい最近も、安倍政権に対する、凄まじいネガティブ・キャンペーンを展開して、都議会選挙で自民党の議席を大幅に減少させた。 天皇陛下の意向がまずNHKニュースで報道され、次いでNHKの玉映放送が行われた。この玉映放送がなければ、国民に対する影響はずっと微弱なものになっていただろう。東日本大震災の時の玉映放送は、予行演習であったのかもしれない。 【天皇とは国体、国体とは権力と権威の分離・併存だ】 さらにその後、従来から平成流を称賛してきたメディアは、新聞もテレビもこの退位問題を、客観的視点からではなく、天皇陛下に同情する形で、情緒的に大きく取り上げた。それによって退位に賛成する人間が多数を占める、世論調査が生み出されたわけである。 このマスコミ権力を利用した、天皇陛下の権力発動によって、弱体なる我が国の政治権力は完全に屈服し、慎重に検討することなく拙速のうちに、今回の特例法の成立となったわけである。ただし特例法と言いながら、必ずや前例になることは間違いない。特例法ではなく、皇室典範そのものの改正を行うべきとの意見もあったが、天皇陛下自身が期限を切られていたのだから、そんなことは所詮無理な話であった。 では今回の御退位の何が根本問題なのか。それはこれによって、日本人が長年かけて生み出してきた、国体が毀損されたことである。日本の国体とは、単に皇室が存続していることではない。それは権力と権威の、分離・併存ということである。 【天皇陛下自らが毀損された国体】 日本の歴史と、シナや朝鮮の歴史とでは、一体どこがどう異なるのか。日本も朝鮮も、シナの律令制度を導入して律令国家を築き上げたことは同じである。日本ではこの律令国家がやがて変質・崩壊して、政治権力として武家政権が成立する。一方、天皇とその臣下の公家は、朝廷を形成し、天皇は権威的存在となり、明治維新によって朝廷がなくなっても、皇室は存続した。 シナや朝鮮では、中央集権的な律令国家は、日本のように滅びることはなく、近代にいたるまで継続する。シナでは辛亥革命まで、朝鮮では日韓併合まで存続した。つまり権力と権威の分離・併存こそ、シナ・朝鮮と異なる我が国の歴史の特徴であり、我が国の国体に他ならない。天皇陛下は自ら、この日本の国体を大きく毀損されたのである。 ■酒井信彦(さかい・のぶひこ) 元東京大学教授。1943年、神奈川県生まれ。70年3月、東大大学院人文科学研究科修士課程修了。同年4月、東大史料編纂所に勤務し、「大日本史料」(11編・10編)の編纂に従事する一方、アジアの民族問題などを中心に研究する。2006年3月、定年退職。現在、新聞や月刊誌で記事やコラムを執筆する。著書に「虐日偽善に狂う朝日新聞」(日新報道)など。 *【参考】 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  【戦国時代の朝廷 朝廷の「式微(しきび)」は真実か】   平成14年(2002年1月)   http://sakainobuhiko.com/2014/10/post-255.html  【慶事のお振る舞いはこれでよいのか 皇太子殿下に諫言する】   『諸君』平成5年(1993)4月号   http://sakainobuhiko.com/1993/04/post-5.html  【皇室の言論責任を問う】   『ヴォイス』平成5年(1993年)8月号   http://sakainobuhiko.com/1993/08/post-6.html  【男系天皇絶対論の危険性—女系容認こそ日本文明だ—】   『諸君』平成十八年十月号   http://sakainobuhiko.com/2006/10/post-9.html … 続きを読む

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何故?促される「猛省」

<忘れるな!玉音放送「耐え難きを耐え 忍び難きを忍び』>に対し、下記のコメントが寄せられた。このコメントは「百人の会」の増木重夫さんから、小生宛に転送されて来た。 以下コメント 西村っ修平氏へ(まま)  いつも自民党と産経を屁理屈をこねて槍玉に挙げている西村修平氏の論説には、異議あり、不快に思う者がいることを知ってほしい。その論拠展開の時間が惜しいし、生産的ではないのであえてやらない。  今は中学校教科書採択時期が切迫していて、反日・自虐・日本断罪史観にあふれた、折角の教育基本法をあざけるような教科書が検定を通過してしまっている現実と戦っている最中である。  特に、産経を貶めるのに躍起になっているようだが、産経が勢いを失い朝日、毎日が勢力を増すようなことを望んでいるのか。西村氏の猛省を促したい。                                        田村元男 よって、田村元男さんへお答えする。 >屁理屈をこねて 屁理屈とは論理に整合性を欠くことであるが、西村修平のどこが欠けているか具体的に指示されたい。 >異議あり どんな異議か論理的に展開されたい >不快に思う 突かれると痛いから、論理的に反論できないから不快なのでは >あえてやらない 情けない、腑抜けではないか。西村修平は逃げも隠れもしない。「やらない」のではなく、出来ないと言えばいい。 田村さん、批判された位でびびって敵とどうして戦えるんだ!これを世間では腑抜けという。 小生はこれまで産経新聞のトンデモ記事には、本社に乗り込んでの抗議街宣を何回もやっている。産経批判は今に始まったことではない。そして、それ以上に朝日、毎日新聞へ乗り込み抗議している。 産経にまともな記事を書け!と叱咤している。この私が何で!産経を「貶め」ているんだ。「貶め」られているのなら、問題は西村修平ではなく、産経新聞だろう、明後日を言うモンじゃない。 あなたが産経に対して、「西村からガタガタ文句を言われるような記事を書くな」とどやしてやればいい、それが筋だろう。産経新聞にそれほど愛着があるなら、態度で産経に忠誠を示すべきだ。 この西村修平は教科書問題で言えば、十年以上前に朝日本社のロビーに二回座り込み抗議をして、築地署に強制排除されている。そうした抗議で朝日は一時、反扶桑社キャンペーンを中断した。あんた以上に、この西村修平が産経に“愛着”を示しているんだ。 その直後、女性国際戦犯法廷の件で神奈川県警に逮捕(平成13年11月14日)され、朝日への座り込みが中断してしまった。僕の後を継いで誰かが、朝日本社への抗議を継続していればと、今でも残念に思っている。 そん時、保守の誰が、扶桑社版の教科書を攻撃する朝日に乗り込んで抗議した。 田村元男さんよ、あんたそん時、何をしていました。 教科書採択で、西村修平にガタガタ文句の言える奴は、あの時、朝日本社に乗り込んで座り込みした連中だけだ。もう一度言う、あんたそん時、何をしていましたか? 批判・相互批判は論理と論理の対峙である。 論争とは事実を挙げて道理を説くことである。双方が主張する意見並びに理念を闘わせることによって、お互いがそれぞれ鍛え上げられていく。従って論争に好き嫌いの感情論を持ち込んだり、ましてや実体のないレッテルなどをはりつけるものではない。 「事実を挙げて道理を説く」、この作法に従えば、いくら口角泡を飛ばしても感情の対立など生じないし、論争は競技終了のスポーツのように、爽やかさは残るが後味の悪さなど残らない。 あなたが「猛省を促したい」なら、直に論争をして、西村修平の言い分を木っ端みじんに粉砕すればいい。公の場で西村修平の主張を論理的に破綻させればいい。西村修平は何時でも、何処でもその論争に応ずる。 西村修平(090-2756-8794) 因みに下記は増木重夫さんの紹介文。彼とは、あるところではことごとく対立ばかりしているが、今回は何故か同調を示してくれた。 <忘れるな!玉音放送「耐え難きを耐え 忍び難きを忍び』>によせて。 今回の菅発言に関しては西村氏と全く同感で、「生活を切り下げ、質素、倹約をしていくべきだ。 首相は記者会見の時に、国民に生活様式を変えてください」と広く訴えるべきだった。 原発停止と生活切り下げはペアでないとおかしい。 原発は停止し生活は今のまま。このような夢のような世界があるようにも聞こえる 菅の今回の発言。ペテンと紙一重ではないか。 昔、梶山静六と言う政治家がいた。戦時の梶山である。日本は首相制で大統領制ではない。 … 続きを読む

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節電に思う 玉音放送を忘れるな!

忘れるな!玉音放送「耐え難きを耐え 忍び難きを忍び」 産経新聞は自民党と電力業界のご用聞きか  6日の記者会見で、首相は浜岡原発が東海地震の震源域内にあることを指摘し、「文部科学省の地震調査研究推進本部の評価によれば、30年以内にマグニチュード8程度の想定東海地震が発生する可能性は87%と極めて切迫している。防潮堤の設置など、中長期の対策を確実に実施することが必要だ」と強調した。その上で、中部電力へ停止要請すると述べた。  これを受けて中部電力は9日、臨時取締役会を開き、菅首相から要請を受けていた浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の全面停止を受け入れることを決めた。 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110509-OYT1T00803.htm(2011年5月9日17時22分 読売新聞)  工事詳細、日程などは既に報道されているとおりで、国民に対して情報は伝達されている。  地震予知をはじめ防災など政府肝いりの各機関が口を揃えて警告を発しているのが東海地震である。静岡県~御前崎沖を震源域とする巨大地震で何時来てもおかしくないと断定している。「何時来てもおかしくない」、つまり今日でも明日にでも、今この時間に来ても不思議でないことを指している。  今来てもおかしくない、その震源地の真上に位置するのが、菅首相が停止要請した浜岡原子力発電所である。  今回の東日本大震災よりも確実に、しかも早くこの浜岡の地を襲うと国が予知しているのが東海地震、この度は順序が逆になったのである。  福島第一の事故処理さえ未だ定かでない時期に、東海地震が襲ったら正しく日本沈没そのものとなる。こうした状況を踏まえた上で、菅総理は停止要請を判断したのである。  「危ない、危ない」と言い続けられ、自民・公明の連立政権は危機への対応を何ら施さないまま、政権は民主党へと代わって今に至って来た。この度、民主党の菅総理が初めて「停止」の決断を下した。  この首相の決断に、大阪府の橋下徹知事はいち早く、「停止要請は大英断、関西の電気を融通したい」と支持を表明した。さらに特筆すべきなのが鈴木修・スズキ会長兼社長の見解である。これは国民全員で熟読したい。 【原発停止要請「正しかった」…スズキ会長】  http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866922/news/20110508-OYT1T00051.htm  菅首相が中部電力浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の運転停止を要請したことについて、鈴木修・スズキ会長兼社長は7日、報道陣の取材に応じ、「(東日本大震災後の)福島第一原発の状況を見れば、浜岡原発が受ける被害はもっと大きくなるだろう。国の最高決定権者として正しかった」と、一定の評価を示した。  自社の生産活動などへの影響については「仮定の問題なので答えられない」とした上で、「大きな問題にならないようにみんなで協力してやっていけばいい。生活を切り下げ、質素、倹約をしていくべきだ。首相は記者会見の時に、国民に生活様式を変えてくださいと広く訴えるべきだった」と持論を展開した。 (2011年5月8日10時43分 読売新聞)  これぞ企業の社会的責任ではないのか。我々国民は見習うべきだ。  原発事故の目途すら立たない今、平時ではない。国民の生命と国土が危険に晒さらされている戦時である。目に見えない巨大な自然という敵を相手に戦争をしている。民主主義(多数決)的手法は平和時に最も理想とする政治形態だが、今は一刻を争う緊急時である。議論を費やしている時間はなく、小田原評定で災難を拡大・深化させてはならない  徳俵にかろうじて乗っているのが日本だとすれば、悠長な手続きとか根回し(利権の調整)に一国の総理が拘束されてはならない。民主主義で選任された首相は国民の信任を受けている。戦時において、国民が総理に望むのは確固とした信念に基づく決断である。決断に基づく結果は、全て総理と信任を与えた我々国民が受け入れるのである。それが民主主義ではないのか。  従って、民主主義という政治形態はある条件において、とてつもないコストを有権者は負担するのである。  自民党を利権分配集団の本家(兄貴)とすれば、分家(舎弟)に当たるのが民主党だ。どっちもどっちで、その歴史認識や外交等々、いずれに亘っても同調するところなど欠片もない。欠片どころか、真っ向から糾弾してきたが、今は平時ではなく、国民の生命と国土が危険に晒さらされている戦時である。目に見えない巨大な自然という敵を相手に戦争をしている。政争に明け暮れ、敵と戦わない国民、政治家は非国民に値する。  その「非国民」とも思われるのが保守派とされる産経新聞、8日朝刊の一面が菅総理の停止要請に、「百出する難問 拙速要請鮮明」と題して批判記事を載せた。中部電力が停止要請を受け入れれば「予想も出来ない大停電が起こる」とか、業績悪化で株主訴訟を起こされるなどと脅迫めいた内容でさえある。  「力なくこう漏らした」とする電力社員の不安に同情を示して、この記事はこう締めくくる。「唐突要請の影響は、今後さらに広がる恐れがある」と!  先の大戦、大東亜戦争を我が国民はどう戦ったのか。挙国一致体制の下、各家庭や個人は鍋釜、貴金属類を国家へ供出し、米英支蘇相手に総力戦を戦ったことを忘れはしない。国家が東日本大震災で強烈なダメージを受け、今更に東海地震という敵が牙を剥いて襲いかからんとしている。  今は戦時である。国家が貴金属の代わりに「節電」を国民に呼び掛けている。灯火管制ではなく、照明を抑えて欲しい。冷房を切るのではなく、温度を調節して欲しい、扇風機ではどうか、等々・・・。  たかが節電ではないか。その節電すら協力出来ないとする産経新聞は欲望民主主義の権化、「非国民」に値する。  産経新聞とこれに同調する日本人よ!玉音放送「耐え難きを耐え 忍び難きを忍び」を忘れたかと言いたい。  「今後さらに(不安が)広がる恐れがある」ともっともらしい理屈を並べているが、他でもない、産経新聞が警鐘を鳴らす「風評被害」を己自身で煽っているのではないのか。自民党と電力業界のご用聞き新聞に成り下がるな。 山あひの鄙(ひな)びた駅舎に風霜の華やぎ添ふる薄墨桜     ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!

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