タグ別アーカイブ: Fukushima NPP

閑話休題 紫陽花は日本原産

 「あず」 集まる   「さ」 真   「い」 藍(藍色)      以上を省略して、あじさい。     「真の藍色が集まっている花」という意味合い、花言葉は「移り気」、日本原産。    白山神社(文京区)の紫陽花祭り ※ 画像クリックで拡大 参道 天暦年間(947~957)に加賀一宮白山神社を現在地に 明治四十三年五月中旬の一夜、孫文は宮崎滔天と共に境内の此の石に腰掛けながらシナの将来を語ったという 境内には数千株の紫陽花が咲く 雨にこそ輝く藍色 真白き一株 神社の三毛猫、梅雨の合間に外でうたた寝   降り止まぬ雨に打たれし紫陽花の花びらごとに藍のかがやく 咲き競ふ幾千株の紫陽花に人目を恥じらふ真白き一株 最も降雨量に恵まれた日本列島において、最も降雨の集中する時期が梅雨時の今、雨に打たれた草花がこれ以上に光り輝く季節はない。日本原産だけあって、紫陽花は我が日本列島の地理的条件を集約した草花とも言える。 「水の惑星」に生きる宿命 http://nipponism.net/wordpress/?p=581 この地球は「水の惑星」と言われる。その「水の惑星」においても、我々が住む日本列島は周囲を広きに渡って海に囲まれ、且つ奇跡的とも言える地理的条件の下、豊かな降雨量に恵まれた地球上のオアシスと言っても過言ではない   ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!

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「人徳」を問われるべきは谷垣自身である

谷垣自民党総裁自身が首相を名乗り出よ! 菅直人首相に「人徳、力量がない」と、首相の退任要求を言い放つのであれば、なぜ谷垣自民党総裁自身が首相を名乗り出ないのか。「先ず隗より始めよ」(戦国策)と言いたい。 「人徳」までに言及するのであれば、谷垣自身が野党党首として菅首相の代わりを名乗り出なければならない。 それをしないのは卑怯の限りで、「人徳」を問われるべきは谷垣自身である。 なぜ、「人徳、力量」のある首相に相応しい人物を具体的に推すことが出来ないのか。 しきりに自民党と小沢一郎に同調する民主党の議員にしても、菅首相の力量をあげつらうだけだ。 あげつらうだけあげつらうが、それに代わる具体論を提起するものが誰一人としていない。 提起できない、する者もいない。つまるところ、菅首相のいす取りにしかその目的がないのは明白の限りである。 震災直後、菅首相は自民党に対して「挙国一致内閣」への協力を打診した。しかし、谷垣がこれを拒絶した経緯を国民と被災者は忘れていない。 未曾有の危機の渦中において、被災者の心情を思えば、あきれ果てたを通り越し、おぞましさの限りを国民に見せつけた。利権分配集団の行き着くところの醜態だ。 「菅降ろし」に狂奔する利権分配集団とその取り巻き「保守」に朝日新聞は正鵠を射た見解を述べている。謙虚に耳を傾けようではないか。 抜粋だが 朝日新聞(6月2日)「現実見ぬ政治の惨状」 編集委員:根本清樹  政治が小さい。  日本はなお前代未聞の非常時にある。一時は「挙国一致」といった美辞もうたわれたが、行き着いた先はむき出しの政争である。大所高所からの賢慮を踏まえた大きな政治を望むのは、お門違いということか。  日本が直面する事態の深刻さと、政治家たちのふるまいに見える日常感覚との巨大な落差に目がくらむ。われらが選良の思考回路は、3・11前の平時に戻ってしまったようだ。 (略) 当然ながら、総辞職した場合に後継をどう速やかに選ぶのかという絵図もない。自民、公明両党にもシナリオがあるようには見えない。現実を直視しない政治の惨状というほかない。 主権回復を目指す会は震災直後の3月14日、声明文で、菅直人政権は挙国一致内閣として思想信条などの見解の相違は副次的問題として棚上げすべきと訴えた。これは今も変わらない。今なお、我が国は戦争状態であるから。 【緊急声明】 <災害は挙国一致体制で挑む戦争 ━ 菅内閣は挙国一致内閣である> 国難を民主党批判にすり替える知性の堕落 平成23年3月14日 主権回復を目指す会 災害という国難は、挙国一致体制で挑む戦争である。我が国は死者数万に上るであろう未曾有の国難におかれている。 この事態に直面しながら、国難を民主党批判にすり替える知性の堕落に唖然とするばかりである。 民主党批判を混乱の最中に持ち出し、自民党・「保守」の支持運動を展開するならば、阪神淡路大震災の時、旧社会党の村山を傀儡政権にし、火災炎上中に朝食会を開きながらテレビに見入っていた自民党をなぜ徹底的に批判できないのか、ダブルスタンダードも甚だしい。 自民党の無為無策のため、16年前の震災で生存するべき如何に多くの国民が圧死、焼き殺されたのか分からない。この自民党の犯罪ともいえる無能を意図的にスルーする言動は欺瞞極まりなく、見苦しくてならない。 海外メディアが報道する「世界が日本人を絶賛」なる災害時の日本人の“行儀”の良さを紹介し悦に入りながら、一方では政府、東電の情報の混乱をまるで鬼の首を取ったかのように糾弾しているが、戦闘時における情報の混乱は必ずつきまとうものではないか。思い上がるなと言いたい。 戦争時における混乱に乗じて、無い物ねだりをする欲望民主主義はまさしく幼児的な知の劣化である。それどころか、非国民と言っても差し支えない。どさくさに紛れて民主党批判に問題をすり替える醜態は、まさしく言論の「火事場泥棒」そのものだ。 我々に課せられている最大の課題は被災者の救援と安全の確保、被災地のインフラ復旧である。この最大の喫緊課題を遂行する前に、政治思想信条などあらゆる見解の相違は二次的・三次的、副次的な問題として対処しなければならない。 主権回復を目指す会は現菅内閣を挙国一致内閣として、国民がこの体制の下で被災者救援、災害復旧に全力を尽くすべきと考える。 ※声明・主張 INDEX#51 より 【参考】↓行動・活動記録 INDEX#429  http://www.shukenkaifuku.com/past/KoudouKatudou/2011/110315.html 国民は菅首相の東電叱咤を断固支持する … 続きを読む

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正鵠を射た朝日新聞の『素粒子』

 誰でも分かる原子力用語解説、それは『素粒子』(平成23年5月17日)    朝日新聞の『素粒子』☆原子力村用語辞典☆とかけて、メルトダウンと説く    その心は    どんな難解な用語も溶(解)かしてしまう。    正鵠を射た朝日新聞の『素粒子』  ☆原子力村用語辞典☆  (朝日新聞『素粒子』平成23年5月17日)  安全 = 危険が発覚しないこと   科学的合理性 = 学者が理解できる範囲   核燃料サイクル = 原発を永続させる呪文   想定 = 限界強度に収まること   送電網 = 電力会社の縄張り   損傷 = 溶けて崩れ落ちること   定検 = 隠れてする修理や交換   爆発的事象 = ようするに爆発   保安院 = 広報担当の協力会社   放射線 = 健康を増進するもの   立地 = 土地に金を注ぐこと  … 続きを読む

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「水の惑星」に生きる宿命

13.5億立方kmの水で地表の71%が覆われている惑星は、天文学上、知る限りでは地球のみである。 人間はもとより、地球上の全ての生物は水によって育まれているのだ。 人間が宇宙から地球をこの眼で見た最初(1961年4月12日)の一声は「地球は青かった」(ガガーリン)とされているが、この青こそ地表を覆う水である。 この地球は「水の惑星」、これ以上に的確な表現があるだろうか。 そしてこの「水の惑星」においても、我々が住む日本列島は周囲を広きに渡って海に囲まれ、且つ奇跡的とも言える地理的条件の下、豊かな降雨量に恵まれた地球上のオアシスと言っても過言ではない。 我々はこの水に全存在を、全存在とは生死であり、その生死を委ねている。委ねるのではなく握られているのである。いや、人間とは水と言ってもいい。 その水がある一定の条件で、津波に転化して凶暴な様相で自らが育んでいる人間を抹殺するのである。この度の東日本大震災の大津波だが、どのような兵器を使用したところで、これほどまで広範囲に渡り、完璧に破壊の限りを成し遂げることが出来るだろうか。 津波はもとより、幼児の水鉄砲に始まって、巨大な水力発電、果ては原発までが水に関わっている。これほど様々な形態として変化し、不思議で扱いきれない物体が他にあるだろうか。 夢にもこの水を、意のままにコントロールしているような思い上がりに陥ってはならない。人間は水に共存して頂いているのである。 ましてやこの水の惑星を、日本列島という地球のオアシスを核物質で汚染するなど許されない。「低濃度」のロジックで、福島第一の事故を誤魔化してはならないし、これは原発の是非を問う以前の問題である。   (↑クリックにて拡大)  戒めのごとく止まる一本の松は 襤褸(らんる)の姿さらして    一本の松は記憶す跡形もなき六千本の白砂青松   ※襤褸:ボロ切れ、あて布     推薦音楽: 宮城道雄『水の変態』 ラヴェル『水の戯れ』   ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!

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手放しで喜んでいいのか日本

※主権掲示板/主張欄<手放しで喜んでいいのか>なぜ暴動、略奪が起きない日本・オリジナル原稿   突然の海もりあがる夢うつつ瓦礫と化したる真昼の暗黒      震災犠牲者に黙祷     自然科学、また社会科学においてもそうだが、事物とか物事の概念はある一定の条件で反対の側へ転化する。哲学用語ではこれを対立面の統一ともいう。  この観点から、今回の震災に遭遇した日本人のメンタリティーを考えてみたい。 
 海外メディアは震災時における日本人の規律正しさ、整然とした行動、暴動、略奪に走らない民度の高さを「驚き」をもって報道した。それを受けて多くの日本人、特に「保守」派がこれをしきりに自画自賛しているが、手放しで悦に入っていいものだろうか。これを民度の高さなどで説明できるだろうか。  暴動、略奪が起きない、又は起こせないのには理由がある。起こす理由、必要、さらには起こす気力がないということでもあり、道徳律が他国に比べて特段高いからで説明できるだろうか。 
 ありとあらゆるインフラが破壊される未曾有の災害にも関わらず、被災者はそれぞれの避難施設に落ち着きさえすれば、基本的な衣食住は国家が保証してくれ、テレビや入浴などを除けば、生命を維持する最低限は整っている。少なくとも、この点において暴動、略奪を起こす理由、必要がない。危険を冒して、他人を押しのけてまで命の糧を争う必要がないのである。 
 こうした救済の形は奈良時代の光明皇后までさかのぼれる。夫である聖武天皇に強く進言して東大寺、国分寺の建立に大きな存在を示された方で、各所に救護施設にあたる「悲田院」、医療介護施設に該当する「施薬院」を設けて慈善活動を積極的に行った。  この時代は、主権回復を目指す会が推薦する図書の『穢土荘厳』(杉本苑子・文春文庫) に詳しいので是非読んで頂きたい。  古来、救護施設に収容して貰えさえすれば、当分の生命の維持は保証されるのである。これらは江戸時代まで、地震などの災害に幕府は「罹災者救恤」の特例でもって庶民の救援に関わってきた歴史がある。  集団飼育される家畜小屋の草食動物が先のことさえ考えなければ、生命を維持するエサに困ることはないように、特段の不平、不満を生じない。 
 早い話が、従順に躾られて来た日本人は特別なにも倫理観が高いとか、民度が高いのではなく、災害時に暴動を起こす必要がないからとも言える。生活、生きることに躾られた日本人は他民族に比べて、危機の際に極端に生命力が貧弱ともいえる。  被災地で頻発するこそ泥の類の窃盗事件・・・、災害のどさくさに紛れた窃盗事件の多発は現地の警察が報告するように明らかである。  ◆宮城、震災後の窃盗被害1億円 被災地で多発290件 ガソリン盗増加  http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110330/crm11033011510003-n1.htm  上記の報道のように、ここの何処に我が国が他国に自慢する民度の、倫理観の高さがあるのか、人の不幸につけ込んだ火事場ドロボー、最も卑怯な行いではないか。これを演じている卑劣漢が他でもない日本人なのである。この類いの日本人、恥を知れ!と言いたい。  なぜ、こそ泥か。集団で白昼堂々と暴動、略奪できない精神の弱さにある。だから、ただのこそ泥しかできない。暴動、略奪は善悪の是非如何を抜きにすれば、とてつもない膨大なエネルギーの発散であり、情念の爆発である。日本人には、危険を冒してまでの気力、エネルギー、情念がないといえる。他民族と比較して生命力を支える力が極端に弱いのであるが、特に「保守」を自称する側がこの点を全く自覚できていない。  民度の高さ、道徳律なる概念は民族、社会のおかれている環境(一定の条件)で対立面へ転化するものであり、右か左を選択するような単純なものではない。   定まらぬ軌跡のままに落下舞ふ わが皇国の行く末なぞらひ 国のため 生命(いのち)捧げし ひとのあり まことのこころ 映す春の灯 さくら満開の千鳥ヶ淵にて        (平成23年4月8日)     参考文献: 毛沢東『実践論・矛盾論』 杉本苑子『穢土荘厳』   … 続きを読む

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