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共存・共栄できない特定外来生物と移民

共存・共栄できない特定外来生物と移民 令和8年9月15日  主権回復を目指す会  西村修平  【生態系を破壊する特定外来生物】 「ひとつの妖怪がヨーロッパを徘徊している。共産主義という妖怪が」(共産党宣言)。今その妖怪が日本列島を徘徊している。共産主義ではなく「クビアカツヤカミキリ」(以下カミキリ)という妖怪が、日本の生態系を破壊する特定外来生物だ。 このカミキリが国花とも言える桜を、主にバラ科樹木に属する桃、梅、スモモなど食い荒らし公園、果樹園に甚大な被害を引き起こし、場所によって絶滅さえ危惧されている。被害状況は2026年時点で全国22都道府県に拡大しており、今の状況で進めばここ数年で関西地方の何箇所で花見が出来なくなるとの報告もある。 【日本社会を破壊するテロリスト】 特定外来生物とは「海外起源の外来種であって生態系、人の生命・身体、農林水産業に被害を及ぼすもの」(環境省)と規定されている。これらの問題を引き起こす海外起源の外来生物を指定し、防除・駆除のための法律が「外来生物法」である。 このカミキリが猛威を奮う自然界を人間社会に置き換えたらどうなるか。カミキリは途轍もない凶悪犯罪人であり、日本国民の生命・財産・安全を脅かし、日本社会を根底から破壊するテロリストである。 東京都を始めとして各自治体はこのカミキリを、お尋ね者として写真付で“指名手配”している。法律上、捕獲や移動は禁止されているが、その代わりその場で殺すなどの措置を取れば、懸賞金(報奨金など)までが付与される。 【共存できない特定外来種】 人間社会なら、現行犯逮捕など柔な真似事ではない。見つけたら即“射殺”して構わないとしている。「外来生物法」は日本固有の生物の「生命・財産・安全」を守るための防衛措置だからである。 日本固有の淡水魚であるタナゴやモロコが生育する水槽に、カミツキガメやブラックバスを入れたらどうなるか、食い殺されてしまうのは自明の理である。自然界における我が国固有の生物は、海外起源の外来生物とは共存・共栄はできない。これはヘイトでも差別でも何でもなく、自然界の法則である。 厳重かつ厳格な管理の下でしか特定外来生物は飼育・栽培はできないのである。自然界の一構成部分を成す人間社会とて同じである。 【移民と特定外来生物にとって日本は楽園】 今一度、物事を簡潔・単純に敷衍(ふえん)してカミキリを、移民政策で入国する外国人労働者や不法滞在外国人らに置き換えよう。 先人が築いてきた我が国土はカミキリにとって楽園に等しい。完璧に整備されたインフラ、教育制度、皆保険制度、自然環境、治安、衛生などなど。如何なる説得・手段を講じても日本という天国に移住した後、劣悪な彼らの自国とされる地獄に帰るわけがない。 これは国籍、人種、肌の色を問わない人間としての摂理である。恒久的に日本に永住、定着して自らの子孫を増やし、共同体を作り、ゆくゆくは自治区を完成するのが自然である。「特定外来生物」という生態系の異なる人種・民族を、免疫能力の欠けた日本国民が生存する社会に何の対策もないまま放り込めばどうなるのか。移民政策の行く着く先は、日本の生態系を食い荒らす「クビアカツヤカミキリ」で証明されている。 ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを! ◀︎『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』  (酒井信彦 日新報道)  著者・酒井信彦が朝日新聞に踊らされる日本人の精神構造を解く。

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排外主義とは

排外主義とは民族の生体反応・生理である 多文化共生はオシャレ事ではない  令和8年9月1日  主権回復を目指す会  西村修平  【移民はロボットではなく生きた人間】 移民政策の是非を語る前に明確にしておきたい前提が必要である。つまり移民とは何かを語らなければならない。言うまでもなく異なる人種、異民族の受け入れである。民族とは言語、宗教、歴史、文化、生活環境など同一性を分かつ合える集合体、コミュニティーを指す。 基本的に、移民として来る彼らは自国の貧困・生活条件の劣悪ゆえに日本へ経済的な利益を求め、恒久的には我が国に永住権を獲得し、彼らのコミュニティーを形成することにある。民族として相入れない彼らを日本が受け入れることであり、これを日本政府が国策として遂行している。移民は工場の生産ライン立つロボットではなく、喜怒哀楽を示す生きた人間、日本人とは相異なる感情を示す存在であることを忘れてはならない。 【レイプ殺人を祝う「アッラーフ・アクバル」】 現在進行中のホルムズ海峡をめぐる米国とイランの紛争も、本を遡れば2023年10月7日のハマスによる「レイム音楽祭」へのテロ襲撃事件だった。三千人が集まる広場へロケット弾を撃ち込み、機銃を乱射した挙句の殺害者364人の大惨事は未だ生々しい。さらに、イスラム原理主義者の彼らは女性をターゲットに40名を拉致・連れ去った。裸にされたまま暴行され、命乞いする彼女らの頭部に銃弾を発射して殺害した。 音楽祭は酸鼻を極めるものだった。無抵抗な民間人をなぶり殺す、妊婦の腹を切り裂いて胎児を引き摺り出す、若い女性をレイプした挙句に殺すなどなど・・・、これを彼らは「アッラーフ・アクバル(神は偉大なり)」と叫びながら街頭で祝うのである。しかも、移民として定住する他国においてだ。 西側諸国の主要都市で、パレスチナの旗や「IS」の旗を掲げ、ハマスの襲撃成功を祝うデモ行進を数千人規模で展開するのだった。ロンドンのイスラエル大使館には5千人、パリでは数千人が暴徒化して警官と衝突した。ベルリン、ニューヨーク、トロントでも同様な光景が演じられた。 【人口増殖をテコに自治区の確立】 だが、これこそ彼らの民族としての行動原理であり、敵対する相手への民族感情である。移民政策に伴う「多文化共生」とは、彼らが敵対または相反する文化、宗教、価値観に対する憎悪まで受け入れることを意味する。「レイム音楽祭」で、彼ら示した虐殺を祝福する文化まで受容しなければならない。これに反対する世論なり意見には「差別主義」のレッテルを貼り付け抹殺しようとして来る。 西側諸国に属する日本で、自由と民主主義、言論の自由という「放縦」に味をしめた彼らが、「和を以って尊し」とする日本の道徳文化、他者に対する思いやりの価値観を簡単に受け入れるわけがない。それどころか、彼らは民族の文化、宗教、風俗を持ち込み、緩やかに情況を鑑みてコミュニティーを形成して行く。同時に人口増殖を進行させつつ、時間の経緯と共に実質的な彼らの自治区が構築されて行く。いわゆる治外法権が確立するのだ。 【排外主義とは民族の生体反応・生理】 成り行きにませたらどうなるか。世界でも稀に見る道徳、精神文化である「他者に対する思いやりの価値観」が根底から破壊される。我々が構築、イメージしてきた国家が、社会が根底から崩れて行くのは必然である。これを国難と言わずして何と言えば良いのか。 多文化共生はオシャレ事ではない。民族の生死を左右する一大事である。民族の生命を維持する生体反応が排外主義だ。排外主義は民族の生理であり、差別でも何でもない。 済し崩しの移民政策、これぞ令和における国難の国難ではないか。この国難と戦う主役は誰か。地震被災者を余所に政治資金パーティーに酔い痴れる自民党ではない。この福岡県議会に他人事の顔を装う高市政権でもない。 金もない、名も無い、何から何までも無い我々一般国民こそがその主役を担うのである。書を捨てて、ネットの書き込みを止めて、連帯を呼びかけて街へ出よう。大和魂を掲げて、日本を破壊する移民政策反対を叫ぼう。大和魂とは国難を前に燃焼・爆発する民族精神である。己の体裁を飾るアクセサリーではない。 ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを! ◀︎『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』  (酒井信彦 日新報道)  著者・酒井信彦が朝日新聞に踊らされる日本人の精神構造を解く。

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「けだもの」扱いされた日本人とユダヤ教のホロコースト

「けだもの」(トルーマン大統領)扱いされた 日本人とユダヤ教のホロコースト  令和8年8月15日  主権回復を目指す会  西村修平  灼けるような季節8月、終戦の15日を迎えた。歴史の記憶は敗戦そのものよりも膨大な非戦闘員の死者である。その典型が日本列島への無差別爆撃と8月の原爆投下である。米軍の空襲は軍事施設の破壊よりも一般国民を殺戮の対象にした。その手段は通常の空爆ではなく、木造住宅である日本の家屋を焼き払うことで人命に多大な損失を与えるという戦術だ。焼夷弾による空襲、つまり人間を生きたまま焼き殺すということである。この究極が高温で生命体を蒸発させる原爆である。戦史においても特筆すべき残虐さは、いかなる口実、手段を以ってしても日本民族の記憶から払拭できない。 1945年8月9日、米国キリスト教団体はトルーマン大統領宛に電報で「見境のない破壊行為」だとして深刻かつ深い憂慮を表明した。これに対して何と答えたか。大統領は書簡で「けだものを相手にせねばならないときは、けだものとして扱うべきだ」として恐るべき暴言を吐いた。米国は日本人という人間を相手ではなく、「けだもの」を相手に戦争をしたのである。ゆえに宜なるかな、あれほどの殺戮行為を躊躇なく敢行できた。焼夷弾による日本列島への無差別爆撃、原爆投下こそ第二次大戦における文字通りの大虐殺、悪魔の所業に他ならない。 浅草側から見た言問橋炎上 (クリック拡大) 世界はナチスによるユダヤ人虐殺をホロコーストと形容しているが、ここで「ホロコースト」とは何かを問い直そうではないか。ホロコーストの本来の意味は、ユダヤ教の儀礼における生贄ならぬ焼き物の供物を言う。ならば、米国の焼夷弾による無差別爆撃、原爆投下こそホロコーストと呼ぶに最もふさわしいのではないか。米国は日本人を「けだもの」(トルーマン大統領)として焼き殺したからである。 ナチスによるユダヤ人虐殺は毒ガスで行われたが、日本人は生きたまま焼き殺されたのである。正真正銘の「ホロコースト」とは米国が行なった日本列島大空襲と原爆投下である。米国・ワシントンにはユダヤ人の虐殺を記念する「米国・国立ホロコースト記念博物館(USHMM)」があり、ヒットラーの犯罪を鋭く追及して己の人道主義を賛美している。 米国に課せられた戦後の最大使命とは何か。それは己が自画自賛する人道主義に基づいて、「米国・国立ホロコースト記念博物館」に原爆投下と日本大空襲の展示を常設することにある。トランプ大統領とアメリカ国民に進言するが、この展示を世界が絶賛するのは間違いないと。そうでなければ、余りにも片手落ちで整合性がつかない。 灼けるような熱さが続く8月、どうしても同胞が受けた81年前の無慈悲な惨状に思いを馳せざるを得ないのである。 鎮魂の祈りは絶えず幾夏も靖国神社に蝉泣き止まず 合掌 ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを! ◀︎『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』  (酒井信彦 日新報道)  著者・酒井信彦が朝日新聞に踊らされる日本人の精神構造を解く。

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敗北は喪失と異なる

 「失って得る」 敗北は喪失と異なる ワールドカップ日本チーム  令和8年7月18日  主権回復を目指す会  西村修平  日本列島はワールドカップで朝から晩まで大いに盛り上がった。日章旗を掲げ、国民一丸となって日本チームを応援する国際試合ならでの光景である。日の丸を殊のほか嫌う朝日新聞さえも、サムライジャパンの活躍と創意工夫を凝らした日の丸のデザイン、日本人の応援風景を微に入り細に入り報道した。オールドメディアの日頃からの「反日」「国旗嫌い」などどこ吹く風とその豹変ぶりに空いた口が塞がらない。 祝日においても日章旗など滅多に目にしない昨今、ある意味“異様”な光景とも映る。国民が自らを日本民族として、また国家の一員である事を意識する場がスポーツのみに限定されている。「スポーツ・ナショナリズム」とい言っていい。国際試合の場でしか自覚、発揮できない民族意識は角の立たない穏やかな健全なナショナリズムとも言えるが淋しくも歪である。 日本チームはリーグ戦を突破したが、トーナメントでは初戦のブラジル戦を1−2で逆転負けを喫した。ワイドショーなどで僅差の敗北を、力量が同等の様に取り上げ日本チームをヨイショしていた。しかし誰が見ても実力のほど(差)は如何ともし難いほどレベルに差があった。ボクシングの10ラウンド制で判定を下せば、日本が取ったのはせいぜい数ラウンドもあったかどうか。以前であれば簡単にKOされていたが最終ラウンドまでクリンチで凌ぎ、「よもや」の期待を抱かせた。登るべき階段がいくつも頭上にある現実が突きつけられた。しかし負けたとは言え、日本が進化した成長ぶりを世界に示したのは間違いない。 ここで「失う」と「得る」について考えたい。 我々の日常生活において、ともすれば「失う」より「得る」ことが最優先の課題に置かれる。しかし矛盾論の観点から見ればこの二つは手の表と裏の関係、つまり一体として捉えられる。人は得る事で失うものがあれば、同時に失う事によって得るものがある。「得」「失」は一心同体である。サムライジャパンの敗北も勝利を失うことで、勝利するための何が足りなかったかを得たのである。試合終了後、森保監督をはじめ各選手らが敗北の要因をそれぞれ語っていたが、全て納得のできる事ばかりであった。つまり、彼らは勝利を失うことで、勝利に欠けていた要因の何かを得たのである。「失って得る」に発想の基点を据えれば、敗北は単なる「喪失」と異なり生ずるものがある。得る事で失う、失って得る事の何と多いかに気付かされる。 この観点は何もスポーツの世界ばかりではない。我々の思想・政治運動においても、日々の日常生活、さらに人生そのものにも通じていくのである。 ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを! ◀︎『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』  (酒井信彦 日新報道)  著者・酒井信彦が朝日新聞に踊らされる日本人の精神構造を解く。

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優先席に座る青年と芥川龍之介『蜜柑』

優先席に座る青年と芥川龍之介『蜜柑』 令和8年5月25日  主権回復を目指す会  西村修平  五月晴れのある日、若葉の陰影が車窓を流れる山手線での出来事だった。車内はガラ空きだったが、あえて優先席に座ることにした。数駅通過してふと視線を上げると、目の前の優先席に端正な出で立ちの青年が座っている。パソコンを膝にして脇目も振らず作業に打ち込んでいる。二駅、三駅通過して車内がかなり混んできたが相変わらずパソコンから手を離さない。さらに数駅通過しても悠然と座り続けている。「いい若モンが優先席で何を?」と、いまいましい感情が次第に腹のなかに充満してきたその時である。 作業の手を休めた彼は落ち着いた動作で、右脚のズボンの裾をたくり上げ丁寧に畳んだ。目に飛び込んだのは冷たい光を放つ細長い一本の金属、義足なのだ。痛みを伴う感覚にも似たその光は私の目を鋭く刺激した。同時に、全てを理解せざるを得なかった。青年には推し計れない事情または出来事があって、若くして自らの片足を失う耐え難い現実に遭遇したのである。その状況を受け入れたうえで、躊躇(ためらい)なく自身の義足を人目に晒すことで、優先席に坐る青年への「避けられない、不可避な誤解」を解いているのだと。 上野駅で下車した彼の歩調は不規則で歪である。しかし尚更に、その一歩一歩のゆるりとした足取りは巨人が大地を踏み締めるように力強く、雑踏に紛れゆく背筋を正した後ろ姿に揺るぎがない。一言も言葉を交わさなかった義足の青年、彼の動作と立居振る舞いに生きる自信、強さとは何かを突きつけられた。 とっさに思い出したのが芥川龍之介の『蜜柑』だ。大正18年、28歳の作品で横須賀線での出来事である。 始発の横須賀駅から乗車した二等車に、途中駅で14、5歳の少女が慌しく飛び込んできた。垢じみた着物に油気のない丸めた髪、小さな風呂敷包みを抱える両手は霜焼けでひびだらけ、握られた手には三等車の切符だ。分別の効かないその愚順さと不潔な身なりとが相まって不快で仕方がない。 さらに、トンネルに入るや否や、目の前の席に移動してきた少女はいきなり窓を開けはじめたのである。当然のごとく、車内には煤だらけの煙が充満する事態に。怒り心頭で怒鳴り付けようと思った矢先、列車はトンネルをすべり抜けて目にした光景はみすぼらしい田舎の踏切だった。 すると、少女は窓から半身を乗り出し、「あのひびだらけの手をつとのばして、勢いよく左右に振ったと思うと、忽ち心を躍らすばかり暖かな日の色に染まった蜜柑が凡そ五つ六つ・・・」、踏切で喊声を上げる子供たちの上に降っていった。 芥川はその「刹那に一切を了解した」のだ。何を了解したのか。『羅生門』などに比べ地味な作品かもしれないが、ヒューマニストとしての芥川の人となりを示す名作であり、幾度読み返しても受ける感銘は色褪せない。 ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを! ◀︎『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』  (酒井信彦 日新報道)  著者・酒井信彦が朝日新聞に踊らされる日本人の精神構造を解く。

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