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敗北は喪失と異なる

 「失って得る」 敗北は喪失と異なる ワールドカップ日本チーム  令和8年7月18日  主権回復を目指す会  西村修平  日本列島はワールドカップで朝から晩まで大いに盛り上がった。日章旗を掲げ、国民一丸となって日本チームを応援する国際試合ならでの光景である。日の丸を殊のほか嫌う朝日新聞さえも、サムライジャパンの活躍と創意工夫を凝らした日の丸のデザイン、日本人の応援風景を微に入り細に入り報道した。オールドメディアの日頃からの「反日」「国旗嫌い」などどこ吹く風とその豹変ぶりに空いた口が塞がらない。 祝日においても日章旗など滅多に目にしない昨今、ある意味“異様”な光景とも映る。国民が自らを日本民族として、また国家の一員である事を意識する場がスポーツのみに限定されている。「スポーツ・ナショナリズム」とい言っていい。国際試合の場でしか自覚、発揮できない民族意識は角の立たない穏やかな健全なナショナリズムとも言えるが淋しくも歪である。 日本チームはリーグ戦を突破したが、トーナメントでは初戦のブラジル戦を1−2で逆転負けを喫した。ワイドショーなどで僅差の敗北を、力量が同等の様に取り上げ日本チームをヨイショしていた。しかし誰が見ても実力のほど(差)は如何ともし難いほどレベルに差があった。ボクシングの10ラウンド制で判定を下せば、日本が取ったのはせいぜい数ラウンドもあったかどうか。以前であれば簡単にKOされていたが最終ラウンドまでクリンチで凌ぎ、「よもや」の期待を抱かせた。登るべき階段がいくつも頭上にある現実が突きつけられた。しかし負けたとは言え、日本が進化した成長ぶりを世界に示したのは間違いない。 ここで「失う」と「得る」について考えたい。 我々の日常生活において、ともすれば「失う」より「得る」ことが最優先の課題に置かれる。しかし矛盾論の観点から見ればこの二つは手の表と裏の関係、つまり一体として捉えられる。人は得る事で失うものがあれば、同時に失う事によって得るものがある。「得」「失」は一心同体である。サムライジャパンの敗北も勝利を失うことで、勝利するための何が足りなかったかを得たのである。試合終了後、森保監督をはじめ各選手らが敗北の要因をそれぞれ語っていたが、全て納得のできる事ばかりであった。つまり、彼らは勝利を失うことで、勝利に欠けていた要因の何かを得たのである。「失って得る」に発想の基点を据えれば、敗北は単なる「喪失」と異なり生ずるものがある。得る事で失う、失って得る事の何と多いかに気付かされる。 この観点は何もスポーツの世界ばかりではない。我々の思想・政治運動においても、日々の日常生活、さらに人生そのものにも通じていくのである。 ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを! ◀︎『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』  (酒井信彦 日新報道)  著者・酒井信彦が朝日新聞に踊らされる日本人の精神構造を解く。

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