カテゴリー別アーカイブ: つれづれ

「海ゆかば」を巡る顛末

何処へ失せたか!愛国保守派の威勢 数という民主主義に頼る自己満足を嘲 (あざけ) る 当ブログでも紹介した森 敬惠さんの独唱会『第12回 国分寺・日本のこころ音楽祭』が9日に行われたが、「海ゆかば」を巡って主催者側と森さんたちとで、歌うべきかどうかで騒動があった。 このことに関して ↓ 【平河総合戦略研究所メルマガ■☆☆甦れ美しい日本☆☆□□(2012年2月11日 NO.1126号 )】は『茂木弘道通信』を引用して当日の模様を伝えている。(※末尾参照) 不特定多数の読者に公開されたものであり、当ブログでも独唱会の案内をした。事の顛末は、「海ゆかば」の独唱に会場から反対の声があったが、多数決で独唱を決めたことである。これを聞いて保守の腑抜けぶりにほとほと呆れ果てた。 従って、受け手の当方もメルマガの手紙形式にならって・・・。 森 敬惠 様 ほか関係各位 『海ゆかば』の顛末を聞いてがっくりしました。なぜ?多数決で決めたのでしょう。その発案は誰だったのでしょう。 聞きたくない人には帰って貰えばいい、退出を命じても良い。多数決に委ねた判断は数を有利と見込んでのことであれば卑しい判断であります。 独唱家としての矜持があるならば、全員退出してもあなたは一人で歌わなくてはならない。それが独唱家としての誇り、思想というものではありませんか。 反対する連中がいたのだから、独唱会とは別に、「政治と文学」又は「戦争と芸術」で討論会を設ける絶好のチャンスであった。 反対派を数で“制圧“して勝った勝った、良かった良かったで悦に入っているのならば愚かとしか言い様がありません。保守派の独りよがりではありませんか。 数で否定されたら、森さんは独唱家としての理念を捨て去り、これから歌わないのですか。 また側聞するに、入口で「女系反対、男系絶対、万世一系」のパンフレットを配っていたとのこと、これは森さんが許可したのですか、余りにも場違いではありませんか。これは日本会議のパンフでしょう。彼らの音楽会を政治集会と混同する知の劣化は醜悪この上ありません。これに許可を与えた方も同様に見られても致し方がないでしょう。 さらに、同公演のチケットを西国分寺の駅前で、当日券の購入を呼び掛けていたと聞いています。 会場には、保守とか愛国などとは何の関係も無い一般の聴衆もいたはずであり、その眼前で、『海ゆかば』の歌唱をめぐる「ドタバタ劇」を繰り広げてしまったことは、極めてマズかったと言わざるを得ません。関係者にその自覚のほどの有りや無しや・・・。 音楽会は政治を語る場ではありません。日本の童謡、唱歌が日本の世界に誇る文化であり、大いに誇りを持つべきと一倍自負していますし、そのためのコンサートで全国をまわっているその姿勢を誰よりも知っています。 しかしながら、それを言葉で語ってはなりません。音楽で、森さんの歌唱力で語って頂きたい。童謡、唱歌の魅力は万、億の言葉を以てしても、歌の表現に到底敵うものではありません。ご自身の歌唱力で万、億の言葉を超越する感動を聴衆に与えて頂きたい。圧倒的な歌唱力で思想云々、戦争云々をぬかす輩の口を塞いだらいいのです。 西村修平 ◆日頃敵対する「左翼」が眼前に現れたのである。殲滅すべき、打倒すべき敵が向こうからやって来た。まさに千載一遇のチャンスではなかったのか。 なぜ、改めて彼らとの対決する場、つまり「政治と文学」「戦争と芸術」を巡る討論・対決の場を設けなかったのか残念でならない。 当日、愛国保守派の方々で会場を埋めていながら、連中と対峙することなく、ホールという限定された数に頼る民主主義で「勝った、良かった」と自己満足に陥っている。単に、敵をみすみす逃したのではない。不倶戴天の敵と戦うことを回避したのである。これは敵前逃亡ではないのか。 愛国を唱える保守派よ!「左翼」を罵倒・こき下ろす日頃の威勢の良さは何処へ行った。腑抜けモンと言われても返す言葉がないだろう。 【参考】 ◎茂木弘道通信 ☆☆甦れ美しい日本☆☆(2012年2月11日 NO.1126号)から ↓ 「日本のこころ音楽祭」をご案内させていただきましたところたくさんの方が当日ご参加くださり、また多くの方々が、メールの拡散にご協力くださりました。 お陰さまで、会場は満員の盛況でした。又一つのハプニングがありましたが、我々にとって画期的な勝利となりました。心より御礼申し上げます。  なお森敬恵さんからお礼のメールをいただいております。皆様にお伝えいただきたいとありますので、以下の通り転送いたします。 平成24年2月11日 茂木弘道 茂木様 昨日は大変お世話になりまして、本当にありがとうございました。 … 続きを読む

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池田大作名誉会長の「脱原発」と思想の軸

白猫でも黒猫でもネズミを捕るのが良い猫だ なぜ“反自民”なのか? 主権回復を目指す会は22日、自民党大会に出席する議員並びに党員へ、会場前でかなり激しい叱責の街宣を行ったが、当日のその場でも今においても全く反応がない。普通であればネット保守、反民主の間からは相当な反応があるべき筈だが、知っていながらウンともスンとも反応がない。無視されているとも言えるが、無視とは意識の裏返し。手の表と裏の関係、強烈な意識の行き着くところが「無視」であり、これは矛盾論で説明出来る。 公明党の山口那津男代表は自民党大会に来賓として出席、「難局を乗り切ることに全力で頑張ることを誓う」と挨拶したが、ここで言う難局とは「衆院総選挙」であり、頑張るとは「自・公連立」にほかならない。谷垣禎一自民党総裁は、「民主との全面対決」を大会で訴えたが、公明抜きでの対決など有り得ない。自・公復活こそ最悪のシナリオであり、これに対する批判の声は、とりわけ愛国保守陣営からはトンと聞こえない。 そうしたなか、創価学会は26日、池田大作名誉会長が「原子力発電に依存しないエネルギー政策への転換を早急に検討していくべき」だとした「平和提言」を発表すると明らかにした。 原発推進の自民党からすれば逆玉を投げられた。捕手(保守)にとっては予期しない“暴投”であり、飛び上がって捕球するのか黙って見過ごすのか興味が尽きない。 それはさておき、これに対してネット保守や「行動する保守」を標榜する側から、「池田大作が『脱原発』なら、こっちは『原発推進』だ」との話を耳にして驚いた。 こうした方々に伺う。仮に池田先生が、「竹島は日本領土だ。シナは尖閣諸島を侵略するな」と言ったら、「竹島は韓国領土だ。尖閣諸島に日本は口出しするな」との見解を出すのか。 池田先生が、「慰安婦強制連行は歴史捏造だ。南京大虐殺を教科書から削除せよ」と言ったら、「慰安婦強制連行は歴史の真実だ。南京大虐殺を教科書に記述せよ」との見解を出すのか。 あの人がああ言ったから、この人がこう言ったからで、その度ごとに己の見解を迷走させては思想運動にならない。思想の軸がぶれては大衆を結集する社会運動と評価されないのではないか。社会運動を支える己の思想を、他人の思惑に委ねて主体性を語ることなど出来ない。 反創価であろうが、アンチ池田大作であろうが1+1=2であり、それ以上でもそれ以下でもない。白は白、黒は黒、白猫でも黒猫でもネズミを捕るのが良い猫である。そこには思想とか宗教の是非など関係ないだろう。 投稿 なぜ『反自民』なのか? 平成24年1月17日    主権回復を目指す会 児島謙剛   【自民こそ政治腐敗の元凶】 我々の活動を特徴づける要素の一つとして、自民党に対する厳しい糾弾が挙げられる。いわゆる愛国運動の中では異色の姿勢であり、とりわけ保守派の人たちにはウケが悪いようだ。彼らにとっては、日章旗を掲げて愛国を訴える団体が、民主党ではなく自民党に向かって批判の声を上げると、どうも腑に落ちないらしい。 かねてから、我々は自身の名が『行動する運動』であり、決して「行動する保守運動」ではない点を強調している。従って、保守政党(自称)である自民党を糾弾するのは、ごく当たり前のことなのであるが、どうしてもその現実を受け入れたくないのであろうか。 「民主党を責めるべきであって、自民党批判は矛先が違う」「今は自民党を責める時ではない」等々、真顔で言ってくる人たちにはただただ唖然とさせられるが、これらはもはや我々に対する常套句と化した感がある。 実際、自民党絡みの活動では人の集まりが芳しくない。「河野談話」の白紙撤回という最も切実なテーマを掲げている時でさえ、お世辞にも参加者が多いとは言い難い状況だ。要因はいろいろと考えられるが、自民党批判=民主党支持=“民主党応援団”のレッテルを貼られてしまうことを懸念または敬遠する人が少なくないのではないかと思われる。 【腐敗・堕落の象徴が「河野談話」】 だが、冷静になって考えて頂きたい。我が国・日本は、平成21年(2009年)9月の政権交代以後、わずか3年足らずの間に突然おかしくなったのか? シナの尖閣に対する侵犯行為や南朝鮮の竹島実効支配強化は、民主党政権発足後に突如開始されたのか? そうではあるまい。 『55年体制』の成立以降、50年以上も政権与党の座に居座っていたのは自民党である。経済最優先、外交・軍事はアメリカ任せの『吉田ドクトリン』を「党是」として、経済に名を借りた利権分配に明け暮れ、公然と国家主権を放棄してきた張本人が自民党だ。 今日(こんにち)の我が国の内政・外交両面における体たらくは、とことんまで腐敗・堕落しきった自民党による失政が積もり積もった産物に他ならない。現在の民主党政権など、悪政の権化である自民党政権の延長線に過ぎないのである。 その自民党政権が犯した悪政・失政の最たるものが「河野談話」であり、日本国民の精神を呪縛し続けている。これを今なお継承し続け、撤回の素振りすら見せない自民党を糾弾することは、愛国を標榜する者として果たすべき当然の責務であり、その意味で、我々が推し進める『反自民』には道理が存在している。我々は、たとえ後ろ指を指されようとも、ブレることなく己の思想に基づく信念を貫くまでのことであり、その心中には一点の曇りも無い。 【腐敗の温床は二大政党に有り】 「自民もダメ、民主もダメ、では誰が政治をすれば良いのか?」「どんなにダメでも、誰かが政治をしなければならないではないか?」等々、これらもよく寄せられる声だ。それはそれで一理ある問いかけだが、既成政党が総じて機能不全に陥り、議会制民主主義そのものが制度疲労を起こしている我が国の現状を目の当たりにした時、それほど簡単に特効薬が見つかるようなら誰も苦労はしない。 その中で我々は具体的に、二大政党制という名の“独裁政治”の元凶=小選挙区制の廃止、利権分配政治の温床=政党交付金(政党助成金)の廃止を提言している。それによって、民主党、自民党といった従来の枠組みを一度すべて取り壊し、人物本位での政界再編を実行すべきと考えている。もちろん、いかなる場合でも公明党の徹底排除が必要不可欠であることについては改めて述べるまでもない。 いずれにしても、我々が「自民党の方がまだマシだから」「消極的な消去法で自民党」という考え方に至ることは断じて有り得ない。自民党の政権復帰とは、すなわち一蓮托生の公明党が必ずセットになった自公連立政権の復活を意味する。なぜ、今さら自公なのか? なぜ公明党なのか? 時計の針を逆戻りさせるだけではないのか? 日頃、愛国を声高に語る人たちは本当にそれで良いのか? 【自・公復活こそ最悪のシナリオ】 自民党は今や公明党(創価学会)の選挙協力無しには選挙を戦うことすらできない有様である。創価学会の組織票とは、まさに“麻薬”であり、ほとんどの自民党候補者が薬(ヤク)に手を染め、染まりきった中毒患者に成り果てていると形容しても何ら過言ではない。私自身は、そのような中毒患者だらけの自民党など一刻も早く解党して消えて無くなってしまえば良いと考えている。 ただし、その前に、自民党には自らが犯した最大・最悪の“犯罪”である「河野談話」の完全白紙撤回という落とし前をつけさせなければならない。それが目下、我々『行動する運動』に課せられた使命であると言えよう。 私がこの原稿を書いている本日1月17日は、阪神・淡路大震災から17年を迎える節目の日である。昨年3月11日の東日本大震災を間に挟み、隔世の感すら禁じ得ないが、日本国民は、当時の政権与党の一員であった自民党が我が同胞を「見殺し」同然にした犯罪的不作為の数々を決して忘却の彼方に押しやってしまってはならないのである。 ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!

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新春に寄せて

  この国の矜持はいかにと聳え立つ 富士の勇姿にわが襟ただす   矜持:きょうじ      平成23年元旦 静岡県戸田漁港から撮影       ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!

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「馬鹿発言」は正しい

平野達男震災復興担当相の「馬鹿発言」は正しい 地震=津波を想定できず死んだら馬鹿と言っていい 平野達男震災復興担当相は18日、東日本大震災の津波被害に関し「私の高校の同級生みたいに逃げなかったバカなやつがいる。彼は亡くなったが、しょうがない」と述べた。 【逃げなかったバカなやついる」 東日本大震災の津波避難で平野担当相】   http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111018/plc11101818370015-n1.htm これに対してマスコミ各社は一斉に、「犠牲者やその遺族への配慮を欠いた発言で、進退問題に発展する可能性も出てきた」と例のごとく、パブロフの犬のように反応しているが、果たしてそうだろうか。 津波てんでんこ →「津波が来たらてんでんばらばらになって必死に逃げろ」との格言。 三陸海岸地域にある津波避難の格言である。「命てんでんこ」とも言う。地震=津波の際、「親兄弟をかまわず、命からがらてんでんばらばらに逃げろ」との伝承は、古来から幾度もの津波襲来を受けてきた先人が、我々に残した厳しい格言である。 1896年の明治三陸地震、1933年の昭和三陸地震などにおいて、この格言の下にどれだけの人々の命が救われたことだろうか。 平野大臣の発言はこの「命てんでんこ」の格言に沿った趣旨であり、「進退問題に発展する」云々などに全く関係がない。 地震=津波→津波てんでんこ  「逃げなかったバカなやついる」(平野担当相) これ以上わかりやすい表現があるだろうか。 平野大臣は、使命として堤防の門扉を閉めに行った消防団員や、安全とされた避難所などに逃げて津波にさらわれ犠牲になった人らを指してはいない。 下記の記事は児童74人と教職員10人の犠牲者を出した宮城県石巻市の大川小学校 ↓ 【「大震災 集団避難 明暗」 「なぜ山へ逃げなかった? 大川小学校の悲劇」】朝日新聞 2011/09/11 http://floghip.blog.ocn.ne.jp/floghip/2011/09/post_ed68.html 5年生だった只野哲也くん(12歳)は、児童の列の前で教諭らが円になって話し合っていたのを見ている。6年の児童が教諭の一人に言った。「先生、山に逃げた方がいいと思います」「私にもわからない」と教諭。児童は「先生なのに、なんでわからない」と喰(く)ってかかったという。 緊急の事態に狼狽する教師を、児童がどやしつけたのである。教師が子供に怒鳴られたのだ。   地震発生が14:46 大津波警報発令14:49   校庭を襲った津波襲来時刻15:37 児童らは地震発生から、何と40分以上も優に校庭に待機させられていた。 緊急の事態に避難指示を出せないで狼狽する教師を、児童がどやしつけたのである。この児童らは、本能で襲来するであろう津波を察知していた。避難行動を決断出来ない教師の無能で、74人の児童が津波の犠牲になった。これを不作為による“殺人”と言っては言い過ぎだろうか。 大川小の教師らは自らが津波の犠牲になったばかりではない。74人の児童らを道連れにしたのである。この罪は余りにも重すぎる。 「逃げなかったバカなやついる」 津波てんでんこ  犠牲者とそのご親族に哀悼の意を表意したうえで、死者にムチ打つ訳ではないが、平野達男震災復興担当相の「馬鹿発言」は正しいのである。 この「逃げなかったバカなやついる」発言は、津波到来に無防備だった杉山政樹・松島航空基地司令に、そっくりそのまま当てはまる。基地司令ばかりではなく、自衛隊と国家の防衛体制にそのまま直結している。 今、航空自衛隊は次期主力戦闘機の購入予算として一兆円を概算化しているが、松島航空基地の避難失態による損失は2000億円を優に上回る。 到来する津波を想定できず、その失態・敗北を総括もせずに次期戦闘機の購入など、常識的な国民感情からして到底許される事ではない。航空自衛隊松島基地はホームページの表紙に、津波に襲われた基地の惨状を臆面もなく載せ、津波による被害者面を装っているが国軍として恥を知れと言いたい。(※末尾画像参照) 津波は明日、いや、今この時点でくるかも知れない。自衛隊が津波による被害者面を装っている限り、一兆円に上る主力戦闘機を配備したところで、いつ何時、津波の襲来で再度撃滅されるか分かったものではない。 【参考】“想定外”に浸る自衛隊  http://nipponism.net/wordpress/?p=5095 (↓ 画像クリック拡大) 敵機ではなく“自軍機”に襲撃された松島航空基地 自衛隊も被害者 津波の被害にご支援を ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを!  

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出来損ないの“産経抄”

被爆者の神経を逆なでする「産経抄」 「産経抄」ではなく最低抄だ 産経新聞の8月19日付け「産経抄」が、被爆の危険性を訴える母親に自己責任を説いている。 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110819/dst11081902590000-n1.htm 【産経抄】8月19日  米アリゾナ州にある大渓谷グランド・キャニオンには、転落防止の柵がない。民主党の小沢一郎元代表はかつて著書のなかで、この事実を例にとり、個人に自立を促す「日本改造計画」を唱えたものだ。ただし日本では、事件や事故が起こってから、初めて柵の有無がわかる場合が多いのではないか。  ▼数カ月前に焼き肉チェーン店で、ユッケを食べた客が次々に食中毒を起こし死者も出た事件では、実はユッケの材料が、加熱用の牛肉だった。そもそも、厚生労働省の衛生基準に基づく「生食用」の牛肉が、市場にほとんど出回っていない事実を、どれだけの人が知っていただろう。  ▼浜松市の天竜川で起きた、川下り船の転覆事故では、乗客が救命胴衣を着けていたかどうかが焦点となった。法律では、12歳未満の乗客に着用を義務づけている。運航会社によれば、大人の安全対策として、救命クッションを備えていた。  ▼ところがその後、「暑いので置いておいていい」と、乗船前に船頭が子供に説明していたことも、明らかになった。あったはずの柵が、引き抜かれていたわけだ。運航会社の責任は、厳しく問われるべきだろう。  ▼柵について論議が必要な危険な場所は、われわれの身の回りにもたくさんある。たとえば、小学生が猛スピードの自転車で駆け抜ける歩道もそのひとつだ。歩行者に対して加害者になりうる彼らだが、転倒して大けがを負う可能性だってある。  ▼それなのに、道路交通法で努力義務として規定されている、ヘルメットをかぶった姿をほとんど見かけたことがない。放射能がわが子の健康に及ぼす危険性について、心配するお母さんがあれだけ多いというのに、不思議でしかたがない。 回りくどい文章だが、論旨は焼き肉の食中毒事件、天竜川での転覆事故などを例に挙げ、安全策が蔑(ないがし)ろにされている現実を指摘して、“事故”責任のあり方を説いている。 つまり、「人は事故に遭遇して、初めてその対策を考える」のだと言いたいらしい。 ところがどうしたことか、歩道を自転車で駆け抜ける子供らに触れ、道交法の努力義務に関わる危険性を指摘し、最後のまとめにしている。 産経抄は“落ち”にしようとしたのかも知れないが、落ちどころか、なぜ?という違和感しか残らない。 福島第一事故で福島県内の子供の尿からセシウムや放射性ヨウ素が検出されている。政府と東電の無為無策、情報隠蔽で本来絶対あってはならない住民と成長期の子供達の多くが、無防備なまま長期間に亘って被爆した。母親たちが抱く不安は計り知れない。 ↓ 甲状腺被爆、子どもの45% (朝日新聞8月18日) 東京電力福島第一原子力発電所事故をめぐり、政府の原子力災害対策本部は17日、福島県の子ども約1150人を対象にした甲状腺の内部被曝(ひばく)検査で、45%で被曝が確認されていたことを明らかにした。17日、同県いわき市で開かれた説明会で発表した。すぐに医療措置が必要な値ではないと判断されているが、低い線量の被曝は不明な点も多く、長期的に見守る必要がある ↓以下参照 http://www.asahi.com/special/10005/TKY201108170394.html 上記の報道は朝日新聞ばかりではなく、他のメディアも多数が報道した。よもや、「産経抄」が政府の原子力災害対策本部が公表した被爆データを知らぬわけではあるまい。 絶対安全で、絶対に起こらないのが原発事故だった。その事故による被爆は「自己責任」でも何でもない。「産経抄」は一方的に被爆した子供とその母親たちに、何の責任があると言いたいのか。原発推進に立つサンケイ新聞による、18日の「甲状腺被爆、子どもの45%」(朝日新聞8月18日)に対する当てこすりだったのか。 自転車の歩道通行と子どもの被爆を「自己責任」だと一括りするとは、開いた口がふさがらない。出来そこないの当てこすりは質が悪すぎる。 「産経抄」に忠告する!転落防止の柵を能書きするよりも、己が「最低抄」に転落しないような「策」こそ真剣に考えるべきだろう。 停電を煽る喧噪が鳴りを潜めてしまった感のある八月だが、日本に止めを刺しているのが電力不足ではなく実は円高だ。政治家の無策のまま、日本の先行きが全く見えない。 そうしたなか、季節だけは正確に時間を刻み、秋へと歩みを進めている。ふと気づくと、花屋の店頭にはいつの間にか秋の草花が飾られて、九月の準備に余念がない。 力欠く暑さを衝いて店頭に秋の華やぎ先取るコスモス 下記は『國民新聞』に掲載された野村旗守氏(ジャーナリスト)の一文です。原発という利権が単に巨大なばかりではなく、極めて精緻に完成された共同体であることに光をあてた必読文であります。  原発とは完成された巨大な利権共同体 事故で明らかになった一蓮托生の村社会 野村旗守(ジャーナリスト)『國民新聞』第19166号    ※見出し、小見出し共に主権回復を目指す会事務局による   【老後の世話まで焼く原発村】  北は北海道から南は沖縄まで、日本には地域ごとに10社の電力会社があって、それぞれが担当地域ごとに電力の独占供給をおこなっている。すなわち、利用者である我々日本国民には、電力会社を選ぶ権利がない。これが電力会社にとってまず最大の利権である。発電と送電を地域内一社が独占しているので、技術競合も価格競争も起きない。  この地域独占の旨みを保持するため、電力各社は監督官庁である経済産業省の顔色をうかがう。したがって、天下りを大量に受け入れる。本社のみならず、必要性もよくわからない関連団体や研究機関などをたくさん作って、役人たちの再就職先の世話を焼いていた。わが国には「原子力○○」と名のついた公益法人の類がゴマンとある。まさにエネルギー行政と電力業界は一蓮托生の関係であり、経産省の前身である旧通産省が「これからは原発だ!」と号令をかければ、業界側はNOとは言いにくい雰囲気があったのだ。そして逆もまた真なり。原子力の安全性を担保する立場の経産省は電力各社とべったり癒着して各社原発の事故隠しに奔走する。何しろ、原発施設の安全点検をおこなう使命の原子力安全保安院は経産省のビルに入って、おんぶに抱っこで老後の世話まで焼いてもらっていた。  電力各社はまた、新聞・テレビは言うに及ばず、ラジオ・雑誌・ネットメディアの有力広告主でもある。だからマスコミは原子力の危険性を報じない。この事実は現在広く知られるようになったが、それも福島原発の事故があったからこそである。 【隠蔽・懐柔工作に専念するマスコミと御用学者】  わが国の原発を「夢の新技術」と最初に煽ったのは読売新聞だった。当時の社長・正力松太郎はその後衆議院議員となり、初代原子力委員会委員長、科学技術庁長官を歴任する。以降も、原発業界のメディア工作は連綿と続き、今回の事故が起こるまでは、原発の危険性を告発する類の調査報道が陽の目を見ることはほとんどなかった。同時に業界が進めたのが、原子力やエネルギーの専門家たちに対する懐柔工作だった。有名大学等の原子力研究機関には、ほぼ例外なく、研究費の名目で電力各社から億単位の“原発マネー”が渡っていた。専門家を称する研究者のほとんどは、原発の危険性を知りつつ口をつぐんできたというわけだ。  電力会社は原子力産業に年間約2兆円もの資金を注ぎ込み、国も同様に約4500億円の予算をつけている。約2・5兆円の巨大市場である。原発の建設から廃炉にいたるまでには100年間の時間を要し、そこにさまざまな人間関係や業者、関連企業などのが入り込む。まず用地の選定。当然のことながら地元選出の政治家が動く。そして年の買収と造成。ここではゼネコンが動く。原発を1基つくるのには3000億~5000億円が必要と言われ、そこに使用される部品類は数万点。当然のことながら各種メーカーが総動員される。ウラン遠慮の調達には商社が介在し、その他、輸送業者、警備会社、研究団体など、500以上の企業や機関が原発に関わる。 … 続きを読む

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