タグ別アーカイブ: 対立面の統一

「戦死」すらできない自衛隊員の悲哀

集団的自衛権を巡る二つの論考 「緊張感なき方向転換」(三浦瑠麗)と 「戦死あり得ぬは欺瞞」(大濱徹也) 共同通信が国会で議論を続けている「安保法制を問う」とした企画記事、『識者評論』を6回の予定で連載している。未だ連載途中であるが以下に掲げる二つの論考がひときわ目を引く。 (※画像クリックPDF拡大) 取り分け、6月7日 第3回目の三浦瑠麗氏(国際政治学者)の「緊張感なき方向転換」と題した論考は限られた紙面のなかで、戦後日本が謳ってきた「平和国家」の建前が国際環境の中で通用しない現実を、わが国がごまかしてきたと指摘。このごまかしからの決別こそが、「戦後レジームからの脱却」であると、さらに安全保障を論ずるに当たって、「リスクや、万が一の際の犠牲についても正面から語るものでなければならない」との問いを発している。  (※参考記事/三浦瑠麗「緊張感なき方向転換」▶) (※画像クリックPDF拡大) 三浦氏の記事に先立つ6月5日、連載第一回目を大濱徹也氏が「戦死あり得ぬは欺瞞」と題して、「安倍氏が『非戦闘地域』であるから戦死はあり得ないとみなすのは欺瞞そのものだ」と鋭く指摘、「まさに自衛隊の海外派遣は派兵にほかならず、戦死がつきまとう任務なのだ」と。さらに、「その任務に伴う死は訓練や災害救助などの公務遂行中の殉職ではなく、戦闘行為に伴う死、『敵』に殺された『戦死』に等しい」として、「戦死」と「殉職」を曖昧いにした安倍内閣のごまかしを追及している。大濱氏の論考で、第二次世界大戦の性格、評価では幾つか異なる点などあれども、耳すべき正鵠を射た点に保守派は素直に耳を傾け考えるべきだろう。いずれにしても、安保法制のもとで任務を担うのは党利党略に時間を費やす国会議員ではない。生死を任務に捧げる自衛隊員である。  (※参考記事/大濱徹也「戦死あり得ぬは欺瞞」▶) 戦死は、職場又は生産現場で職務遂行中に死亡するのと違う。戦死とは戦場で敵と戦って死ぬことである。戦死とは国軍である自衛隊員だけに与えられた最高の名誉である。 自衛隊員は国民の生命、財産、安全且つ国家の名誉を守るため、自身の全存在を任務に捧げるを本分とする。全存在、つまり究極的に死をもって国家から与えられた使命を全うすること、故に彼らの死に対して国家と国民は最大限の哀悼と敬意を払う義務を担うのである。 心ある日本国民は自衛隊員らを、戦死という最高の名誉を確約せぬまま紛争地帯という「戦場」へ赴かせるなど出来ない。今国会の集団的自衛権を巡る不毛な議論の果てには、「戦死」すら出来ない彼らの悲哀しか浮かんでこないのである。 ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを! ◀︎『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』  (酒井信彦 日新報道)  著者・酒井信彦が朝日新聞に踊らされる日本人の精神構造を解く。

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「集団的自衛権」、与野党の不毛な議論

「戦死者を出さない」で共通する 与野党の不毛な議論 「自衛隊員とは死ぬこと とみつけたり」で何が悪いか 【生は一時(いっとき)、名は末代】 私達日本人は生きると死ぬを別個の概念ではなく、「死生観」として両者を一体化した概念で捉える。生と死という相反する概念を、対立面の統一、つまり一体の概念で把握する。毛沢東が『矛盾論』で説くように生と死を一体不可分であるとし、死があるから今の生がある。生きるとは死ぬことであると。 この『矛盾論』の観点から『葉隠』(鍋島藩藩士・山本常朝)を少しばかり考えて見たい。 「武士道とは死ぬこととみつけたり」、『葉隠』の記述の中で特に有名な一節で、新渡戸稲造の『武士道』とともに日本民族の死生観を広く世界に発信した。三島由紀夫の『葉隠入門』など色々な人が解釈もされ、また人口に膾炙(かいしゃ)もされて来ている。 とりわけ、「死ぬこととみつけたり」については種種の解釈、論評が交わされているが、最大公約数的に受け入れられるとしたら、「武士は如何に死すべきかと同様の重きにおいて、如何に生きるべきか」に集約されて良いのではないかと。「生は一時、名は末代」とか「死んで名を残す」などの名言は、国民文学として親しまれた来た『新平家物語』(吉川英治)から我々の知るところであり、死生観における日本人の美学として定着している。 【シェイクスピアと『平家物語』の死生観】 下記は シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』からの一節、暗殺の情報を入手した側近らが、シーザーに元老院への登院を諫(いさ)める場面。 諫める側近へシーザーは↓ 臆病者は現実の死を迎えるまでに何度でも死ぬものだ。勇者にとって、死の経験は一度しかない。世の不思議はいろいろ聞いてきたおれだが、何が解らぬといって、人が死を恐れる気もちくらい解らぬものはない。死は、いわば必然の終結、来るときにはかならず来る。それを知らぬわけででもあるまいに <『ジュリアス・シーザー』(シェイクスピア・福田恆存 訳)> シェイクスピアが『ジュリアス・シーザー』を上演したのが約400年前(西暦1600年)、『平家物語』(1240年)は750年前の口承文学だが死生観は見事に重なっている。 【自衛隊員の本分とは死ぬこととみつけたり】 『葉隠』と『武士道』を念頭に、今国会での「集団的自衛権」における国軍という軍隊(自衛隊員)のあり方を考えたい。 自衛隊員とは何か。国民の生命、財産、安全且つ国家の名誉を守るため、自身の全存在を任務に捧げるを本分とする。したがって、思想信条の如何に関わらず、彼らは国家の命に従い、その本分とする任務を全うするのである。ここでいう「本分とする任務」とは災害を含む戦争を指す。 ここにこそ、国軍である自衛隊の全存在的価値がある。全存在、つまり究極的に死をもって国家から与えられた使命を全うすることにこそ、自衛隊員の最高の名誉がある。したがって、戦争の是非を別として、我々国民は彼らの安全を祈願し、自衛官の家族や親族と共に、日の丸を振って彼らをイラクなど海外へ送り出したのである。また、祈願を裏切る最悪の結果に際し、彼らの死に対して国家と国民は最大限の哀悼と敬意を払う義務を担うのである。武士道ならぬ、「自衛隊とは死ぬこととみつけたり」で何が悪いかと、「集団的自衛権」を巡る与野党の不毛な議論を聞いていて思うのである。(※参考記事「国軍とは何か」) 【安全を本分とする軍隊はない】 自衛隊が派遣されるのは、死という「悲劇」が起きうる危険地帯だからこそ派遣されるのであって、自衛隊でなければ紛争地帯での任務は全うできない。 自衛隊は創設以来、日常訓練において事故等で二千人に及ぶ殉職者を出している。しかし、「本分とする任務」においては朝鮮戦争での機雷処理で一名の「戦死」を除き、本来の戦闘行為での自衛隊員の「戦死者」は皆無である。これほど安全な国軍もない。 国軍は訓練においてさえ常に危険なのである。「集団的自衛権」とは究極、国民の生命、財産、安全且つ国家の名誉を守るため、自衛隊員が死をもって己の任務を遂行する行為であり、任務を遂行する場所、地域は紛争地域という血肉飛び交う戦場である。観艦式の相模湾とか富士火力演習場ではない。生命の安全が保証されるところへ、国軍たる自衛隊を派遣する価値はない。戦争できる体制、意志がなければそれは軍隊の名に値しない。自衛隊が安全を「本分」とするならそれは恥ずべき軍隊である。 【武器購入商社、巨大な軍事オタク学校】 自衛隊を国軍として為すべき仕事もない状態に恒常化したなら、禄を食むだけの無能集団に堕してしまう。自衛隊を世界最大の米国製武器購入商社にしてはならないし、巨大な軍事オタク学校にしてはならない。 「戦死者」を絶対悪とする限り、自衛隊は永遠に軍隊として任務を遂行できないし、自立さえ出来ない。「戦死者」を出して始めて、自衛隊は軍隊として自立出来るのである。与野党の国会論戦は、こうした観点が完全に欠落していて、生産性の欠片もない不毛な議論としか耳に聞こえてこない。「戦死者」を出すからこそ軍隊であり、戦死者を“出さない“自衛隊は国軍としての軍隊ではない。 【自衛隊に戦争をさせない与野党】 もっとも、「日米安保」と「日米地位協定」からして自衛隊が米軍の指揮下から自立できる訳がないし、だからこそ、米政府からして自衛隊に、「戦死者」出す程の任務を課すわけがない。自衛隊員の戦死者を米国が絶対に許さないのである。それは自衛隊が軍隊として、米軍隷属下から自立する“危険”を内包するからである。戦争とは政治の延長、戦争をするのは畢竟(ひっきょう)、自衛隊がするものではなく政治家が行う外交である。その戦争を遂行する意志のある政治家が、与野党を通じて皆無なのがいまの日本の政治状況である。 緊急街宣「憤怒!安倍政権・ 二階俊博の売国を糾す」 平成27年5月28日、自民党本部前 二階訪中=3千人による白痴外交の愚かさ 土下座・媚中・売国・物乞い 二階訪中糾弾! 「日本人に悪い奴いない」(大連での講演)が、しかし国家と民族 を売り渡す売国奴はいる。その売国奴とは自民党・安倍政権の二階俊博である。 【動画】 緊急街宣「憤怒!安倍政権・二階俊博の売国を糾す」 https://www.youtube.com/watch?v=63mK6UKXM-s ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを! … 続きを読む

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朝日より質(たち)が悪い自民党

良心を示さない石と化した自民党 朝日新聞より質(たち)が悪い 自民党の「河野談話」踏襲 【石がひよこに変化しないのは何故か】 事物の変化の何故を、毛沢東は『矛盾論』のなかで唯物弁証法の観点からこう説いている。 唯物弁証法は外部的原因を排除するものだろうか。排除はしない。唯物弁証法は外因を変化の条件、内因を変化の根拠とし、外因は内因を通じてつうじて作用するものと考える。鶏の卵は適当な温度をあたえられると、ひよこに変化するが、石ころは温度をくわえてもひよこにならない。それは両者の根拠がちがうからである。 (1968年 外文出版社) これを自分流に表現したなら。 コップの水に外部から適当な温度をあたえると、流体が気体または固体に変化する。しかし、コップの中の石に外部から適当な温度をあたえたとしても、石は石であり、気体または流体に変化することはない。 根拠、つまり中身が異なるのである。外部からの圧力(温度)に応えて変化する中身が石にはないからである。以上の観点から、この度の朝日新聞による慰安婦問題の「検証」と、あくまで「河野談話」を踏襲する自民党を比較してみたい。 【朝日内部から上がった「検証」の声】 主権回復を目指す会は朝日の慰安婦問題「検証」が掲載されたとき、「なぜ今この時期に検証記事を掲載するのか、朝日内部に何があったか定かではない。しかし内部において、慰安婦問題の報道のあり方を巡って相当な論議があったのは間違いないであろう」と所信を述べた。(→参考:http://nipponism.net/wordpress/?p=28284) その後の朝日の「検証」を巡る週刊誌などの記事は正しくその通りであって、相当多数の良心的記者と社員が慰安婦問題の捏造を、厳しく批判した事実が詳細に亘って報道されている。「検証」は内部からの改革の声があったからだった。 我々は朝日本社前で抗議を続けて早一年を迎えている。抗議は「事実を挙げて道理を説く」という理念に添って、吉田清治を始めとした様々な事例を示してその捏造を、「ヘイトスピーチ」とは一線を画して糾弾している。さらにネット上における捏造糾弾などが、外部の力として朝日の内部(記者と社員)に変化をあたえたのである。 外部からの捏造糾弾という道理のある力(声)が、朝日新聞内部の良心的記者、社員に作用して、「検証」記事が発表されたと理解される。不十分とはいえ、朝日は外部からの批判に応えたのである。 【朝日新聞より劣る自民党の体質】 翻(ひるがえ)って自民党はどうか。 我々は朝日本社前での抗議同様に、自民党本部前でも慰安婦強制連行の捏造と「河野談話」の白紙撤回を求める活動を続け、既に一年以上が経過している。抗議は「事実を挙げて道理を説く」という作法に添ってものだが、目の前を通り過ぎる国会議員は完全無視を決め込んでいる。 「河野談話」の根幹を為した吉田清治の話が捏造だと朝日自身が検証、訂正したにも拘わらず、自民党はその「河野談話」を頑なまでに踏襲する意志を内外に発信している。 ※参考↓  「岸田外相『河野談話継承し、見直しはない』」   http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/politics/jdiplomacy/mainichi-20140926k0000e010196000c.html   http://mainichi.jp/select/news/20140926k0000e010196000c.html 朝日新聞は不十分であるが外部からの声に応え、「検証」という訂正を掲載した。朝日の記者と社員が外部からの批判に応え、改革(捏造訂正)の声を内部から挙げてその良心を示したのである。しかし、自民党に至っては朝日が示したその良心の欠片さえ今のところ示していない。これでは自民党が、朝日新聞の良心的記者と社員の「爪の垢を煎じて飲め」といわれても返す言葉がないはずだ。 外部から「河野談話」破棄の声を、自民党に幾ら投げかけても全くの無反応、党内部に応える良心並びに能力のある人材が払底しているとしか思われない。先の『矛盾論』ではないが、卵に適当な温度を与えるとひよこに変化するが、石は石のままである。今の自民党はまさに石そのもの、「河野談話」を踏襲し続ける自民党の体質は朝日新聞より劣っている。保守派が安倍政権を支持するのであれば、売国の「河野談話」を踏襲する意義又は根拠を明快に説明する義務がある。 我々にあたえられた課題は、この「石」をどう変化させるかにかかっている。 【追記】 いわゆる保守とか右陣営には、マルクスとか毛沢東と聞いただけでアレルギー反応をおこして、一切の拒絶反応をおこす人たちが多い。しかしこれでは余りにもひ弱すぎだ。 毛沢東は革命家であるばかりでなく、著作においても詩文を始め『実践論』『矛盾論』という哲学の名著の他に、『中国革命の戦略問題』『持久戦』など後世に残る軍事論文を多数残している。これらは愛国保守や右陣営の方々にも必読書として読んで頂きたい。 「敵を知り己を知れば百戦たたかうも危うからず」、マルクス主義とか毛沢東主義のレッテル貼りでろくに著作も読まず、悦にいる自己満足は知性の劣化を招くだけだ。 第149回 アンチ「水曜デモ」 自民党本部前 平成26年10月1日 (↓ 画像クリック拡大) 第149回 アンチ「水曜デモ」(自民党本部前 平成26年10月1日) 朝日本社前では抗議街宣が自由に出来る。しかし自民党本部前には近づくことさえ出来ず、警察から強制排除される。誰が警察に強制排除を要請しているのか、朝日より質が悪い自民党よ、恥を知れ!(同) … 続きを読む

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国連勧告とは反ナチス法に匹敵する言論統制

まるで反ナチス法に匹敵する言論統制 慰安婦問題を否定すること自体が 重大な人権侵害(国連勧告) 国連総会で慰安婦強制連行を スルーした安倍首相 自然科学は実験などの客観的データを集約することによって、万人が納得または屈服せざるを得ない真実が証明される。 しかし、社会科学(歴史)は自然科学と異なり、声を大に訴える側に真実性が生ずる。慰安婦問題が、その例で西岡力氏や秦郁彦氏らがいくら事実をあげて道理を説いたところで、保守派の無抵抗と自民党の「河野談話」踏襲の前に、残念ながら慰安婦強制連行は世界的に流布してしまっている。 朝日新聞が慰安婦問題で「検証」なる捏造の譲歩を示しているが、世界の態勢には日本軍による「性奴隷制度」が揺るぎなく定着している。歴史をねじ曲げ、日本を貶める声の大きさに、我が国は敗北したのである。 安倍首相は25日午後(日本時間26日未明)、米ニューヨークの国連総会で一般討論演説をおこなった。慰安婦強制連行の捏造を世界に向けて発する最大にして絶好の機会だったが、安倍首相の演説は慰安婦問題を見事にスルーした。慰安婦強制連行の捏造を世界に向かって否定・発信する最大にして絶好の機会を放擲(ほうてき)した。国家と民族の名誉を守る最大にして最高の使命を、一国の首相が果たすことが出来ないのである。 ところで、朝日が慰安婦問題で「検証」報道を掲載したが、慰安婦強制連行を巡る国際世論は「河野談話」の継承を日本に突きつける姿勢に些かの変化もない。それどころか8月29日、国連人権条約差別撤廃委員会は日本政府に対して「ヘイトスピーチ」を規制する法規制を最終勧告した。 参考↓  【ヘイトスピーチ「法規制を」 国連委が日本に改善勧告】   http://www.asahi.com/articles/ASG8Y5JPRG8YUHBI01G.html この勧告は慰安婦問題についても、「日本軍による慰安婦の人権侵害について調査結果」を要求した。 その上で心からの謝罪や補償を含め「包括的かつ公平で持続的な解決法の達成」と出来事自体(慰安婦問題)を否定しようとする試みを非難することを求めている。 (朝日 2014年8月30日) つまり、慰安婦問題を否定すること自体が重大な人権侵害につながると強調している。その前提として、彼女たちは日本軍による性奴隷であって慰安婦ではない。しかもこの元慰安婦らに対して、「売春婦」などと批判する日本人を法的に罰するべきとの勧告である。 「ヘイトスピーチ」と牽強付会させ、慰安婦強制連行を否定する我々の市民運動を人種差別として法律で規制する、実に恐るべき言論統制である。性奴隷被害者=元慰安婦を売春婦と名指しするのは、彼女らに対する「ヘイトスピーチ」になるという論理構成である。 いわゆる「在特会」が鬱憤晴らしに演ずる「ヘイトスピーチ」と、我々が自民党本部並びに朝日新聞本社前で継続する「河野談話」白紙撤回の活動が意図的に一緒くたにされ、「人権侵害」の名の下に抹殺される恐るべき事態が国際的に進行している。シナと朝鮮による慰安婦問題の最終的目的は、「反ナチス法」に相当する「ヘイトスピーチ規制法案」にほかならない。 慰安婦強制連行を歴史に定着・固定化させるため国連、民団、総連は三位一体となって、いわゆる「在特会」のヘイトをフル活用して言論規制の法案化に邁進している。「在特会」は今や法案化を推進する陣営にとってなくてはならない貴重な存在となった。 第148回 アンチ「水曜デモ」 朝日新聞社前 平成26年9月24日 (↓ 画像クリック拡大) 第148回目「アンチ」水曜デモ 朝日は「河野談話」の破棄を掲げよ! (26.9.24 朝日本社前) 朝日の売国・捏造報道は慰安婦問題ばかりではない(同) 海外にまき散らしたデマ報道を訂正しろ!(同) 第147回 アンチ「水曜デモ」 自民党本部前 平成26年9月17日 「河野談話」撤廃を求めて自民党本部前へ向かうがこれを阻止する警察 (26.9.17 自民党本部付近) 【動画】 第148回アンチ水曜デモ・朝日新聞社前抗議(26.9.24)  http://youtu.be/z2dB8JvxRjQ … 続きを読む

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返り血を浴びる覚悟を問う(シンポ報告)

議論(論争)、批判とは何か 「行動する保守」に 返り血を浴びる覚悟はあるのか否か 満席となった会場の文京区民センター(平成26年9月21日) ※参照:シンポジウム告知 議論(論争)とは事実をあげて道理を説くことである。事実の認識に誤りがあるなら正せば良い。お互いに邪(よこしま)な考えがなければ、それによって双方の運動並びに人格が否定されたりはしない。いたずらに過ちに執着することこそ自らの品位、人格を貶める結果になる。口角泡を飛ばす議論を交わしても、そこに嘘と誹謗中傷を交えなければ、競技スポーツ終了時と同じく爽やかさが残るだけで、怨念など残りはしない。 丁々発止の議論を重ねる過程で、意見の相違が何処にあるのかが認識され、さらには一致する考えをも共有することが出来る。議論の応酬は相互の理念を互いに鍛え上げ、新たな段階へと飛躍させる。相互に有益なのである。その前提が事実をあげて道理を説く作法である。 批判とは返り血を浴びることである。返り血とは相手に発した数倍の批判を浴びることである。議論とはツイッターとか安全が保証・閉鎖されたネット空間における書き込みではない。「行動する保守」や所謂「ネット右翼/ネット左翼」に問う、君たちに公衆の面前で返り血を浴びる覚悟はあるのか否か。 我々市民運動は現場における科学実験に似ていて、予期しない状況の失敗はつきもので羞ずべきことでない。その失敗を素直に受け入れることで、運動を前進させることが可能となる。 問題は活動上の失敗を認識したうえで総括し、同類の過ちを排除する法則・理論を導き出すことである。その得た法則・理論を、活動という実践を通して再検証する意識が問われる。活動から総括へ、総括を理論に、理論を活動の場で再検証。認識における循環運動を意識的に追及することにある。 客観的事実を前に我々は謙虚でなければならず、認識上の過ちに固執する限り、己の理念並びに人格を向上させることは出来ない。これは何も市民運動のみに該当する事柄ではなく、我々の日常生活や職場でも、さらには人生おいても同様である。 シンポジウム 「在特会によって貶められた愛国運動と日章旗」 文京区民センター 平成26年9月21日 (↓ 画像クリック拡大) 「ヘイトスピーチ規制法」に反対の立場から基調講演をおこなった野村旗守氏 山口祐二郎氏は止むを得ない立場から「規制法案」に賛成 国連の勧告に従った立場から「規制法案」を支持する安田浩一氏 【動画】 シンポジウム「在特会によって貶められた愛国運動と日章旗」  (平成26年9月21日) youtube https://www.youtube.com/watch?v=sqotPXzjXJI ニコニコ動画 http://www.nicovideo.jp/watch/sm24524384 http://www.nicovideo.jp/watch/sm24524671 ※他に中継されていた方の動画も転載いたします。 http://live.nicovideo.jp/watch/lv193486666 http://live.nicovideo.jp/watch/lv194105621 ←絶滅を免れた日本人を一人でも増やす為にクリックを! ◀︎『虐日偽善に狂う朝日新聞―偏見と差別の朝日的思考と精神構造』  (酒井信彦 日新報道)  著者・酒井信彦が朝日新聞に踊らされる日本人の精神構造を解く。

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